鍛錬(2)
一対一の対決なら負けない──と言い切れないのが、グレイティルの恐ろしいところだ。
実際、今の今までスキルを隠して手合せをなさっていたわけで──この時点で、昔からの勝敗なんぞ何の参考にもなりゃしない。
「りゃあっ!」
「おっと!」
叩きつけるような一撃を寸前で見極める。
公女のスキルによって作り出された剣は異様なまでに鋭い。
長大な見た目に反して重量はないに等しいらしく、彼女の獣のような動きを決して妨げない。
一度、二度、三度と剣を撃ち合ううちに、グレイティルの方から話しかけてきた。
昔から、手合わせの最中に内緒話を持ちかけられることが多かったのだ、そう言えば。
「今だから言っちゃうんだけどさ!」
「何ですか、義姉様!?」
「私はロズヴェルの礼儀作法の授業が嫌いだったんだ! "騎士の剣技"ってヤツもだ!」
だから長剣をお使いにならなかったということだろう。
環境に適応するためだけに、スキルを封印して他の武術を修めたということだ。
「イーディスちゃんは──」
だんっと音をさせて踏み込むと、振り抜かれた剣の軌跡が瞬時に凍り付いて残る。
北の森の魔族の血を守る部族に生まれた野性も、狂暴さも、スキルも。
全部をひた隠しにしてきたのだと言わんばかりに動き、剣と腕を振って爆発的に戦う。
それは、確かにグレイティルの告白であったろう。
「嫌いナこととかナいのか!? 義姉ちゃんにぶっちゃけちゃえよ、この際!」
グレイティルは口が恐ろしく堅い。
音の衝撃から復活しつつある彼女の部下たちも、"聞かなかったことにする"のが得意だ。
イーディスは愛する義妹にさえぶちまけられなかった引け目と生の感情を、義姉の剣にぶつける気になった。
「わたしは! エルゼンリッター公爵家が……嫌だった!」
「何故だっ! どこに不満があったのか言ってみろ! 義姉ちゃん怒らネェぞっ!?」
魔法剣がぶつかり合う澄んだ金属音の中で、互いの声を涸らす。
手合せにかこつけた義姉妹の会話であり、単なるストレス解消である。
『白狼隊』もルーチェも、誰も咎めはしなかった。
「あの公爵家は! そうしようと思えばローゼンハイムを……北大陸の全部だって、ひっくり返せた!」
「そうか──だから、義父はロズヴェル達に地位とカネを与え続けたのかっ!?」
横薙ぎに一閃された氷の剣を、老師がとことん嫌う逆手持ちの剣で防いだ。
腕がしびれる。けれど、イーディスは義姉に愚痴を聞いてもらうのに夢中だ。
愛する義妹にも、誰にも打ち明けられなかった、最大の秘密。
「ええ、ええ、そうですとも! 千億にひとつでも、実父ロズヴェルが妙な考えを起こさないように! コルティ義姉様の嫁ぎ先として、かの公爵領がふさわしくなるようにっ! 最も強い血の絆を作り保つためにっ!」
言葉にするだけでも、心に負荷がかかるのを自覚できた。
でも、やめない。剣をぶつけ合うのも、言葉を放つのも。
度量の大きな義姉様に甘えたいのだ。
イーディスの生家、エルゼンリッター公爵家はローゼンハイム公国の建国以来、頑固なまでに公国への忠義を貫いてきた。
だが……どこまでも公国の騎士であろうとする立派な家訓だけで、忠義を尽くして来た訳ではない。
人間とは思えない強さを誇る化け物が揃った一族と、その率いる精強な騎士団を雇用し続けるために、ローゼンハイム公国は公爵領に多額の補助金を支出し続けてきた。
結果、公爵領は北大陸でもいちばんの金持ち国家になった。
そして現公王が強く望んだとおり、領地の片隅に住む妖魔族の一家から養子に迎えた第二公女コルテンフォルレをエルゼンリッター公爵領へ降嫁させ、ヴェインローゼ公爵領と並んで濃い血縁を結ぶことに成功した。
五千万ゴルトを小遣いのようにぽいと渡されたイーディスの金銭感覚が全く狂っていないのは、カネの価値と使い方を、彼女からの多くの手紙で深く学んだからに他ならない。
「貴族なんか大っ嫌いだった! 簡単に人の人生を左右できる、お金も! お金持ちもっ! でも……わたしは変わったんです、義姉様!」
「ああ、そうとも。イーディスちゃんは変わった。ちゃんと優しくナったさ」
言葉とは裏腹にグレイティルが最大の力を込め、義妹の籠手を強かに打った。
弾き飛ばされた純白の魔剣が、乾いた音を立てて訓練場に転がった。
イーディスは、無慈悲に突きつけられた敗北を噛み締めるよりも、同じく武器を手放した義姉に優しく抱き締められることを選んだ。
2021/2/8更新。