鍛錬(1)
午後を待って再び鍛錬が始まった。
午前中は一対一の戦い方を、武器の扱いを含め、改めて頭と身体に叩き込んだ。
何せこの旅行で身体も頭もすっかり休息モードになっている。
戦士を一度やめてしまったつもりで、基本から取り組む必要があった。
イーディスのスキルはそのまま戦闘の役に立つ類のものではない。
武器の扱い方が自然に分かるというだけで、最初から達人の動きができるわけではない。
今までよりは安心感が増した、という程度の認識である。
特に昔から苦手とする、素早い相手との集団戦が課題だ。
この日の午後から暫くはその課題を中心に訓練することになっている。
魔法で空間を歪めた、『金暁騎士団』の広大な訓練場。
今、もと姫騎士の目前には、どう見てもどっかで会ったことある人々が三十人ばかり並んでいる。
ローゼンハイム公国第六公女グレイティルと、彼女が率いる『白狼隊』だ。
「やあイーディスちゃん。グリセルダから聞いてたけど、ずいぶん変わったナ」
「グレイティル義姉様……一体どうやって南大陸まで?」
「ジェダ殿とお会いして事情を聞いて、居ても立っても居られナくってナ。義妹達の為に立ち働くのは私の大きな喜びだ」
「ありがたいですけど、ご公務とかは?」
「私に国の仕事が回ってくるわけナいだろう。このグレイティルは戦いが専門ナんだ……三日くらいサボったって国は回る」
第六公女は苦笑しながら身体を霧で包む。魔法の化粧で、部族の戦いの出で立ちに変わるのだ。
離れた場所で魔導書を読み耽っていたルーチェが、はっとして顔をあげた。
グレイティルのふわふわに縮れた灰色の髪が、一瞬で伸びた。
長い三つ編みが十本以上も広がっている、いわゆるブレイズヘアー。
凛とした顔つき、すらりとした細身。豊かな胸の下あたりから大胆に晒した腹のあたりまでを刺青が覆っている。
「さて、待たせたナ。始めよう、イーディスちゃん」
野性的な美貌の、灰色の瞳が獰猛な輝きを宿した。
彼女が短槍を構えると同時に、付き従う三十人も臨戦態勢に入る。『白狼隊』の一斉攻撃だ。
「──かかれっ!」
イーディスは冷静だった。
斉射されるクロスボウの矢を見極めてかわしつつ、数人の突撃を、斧を盾のように使って受け止める。
『白狼隊』は一撃離脱をモットーとするが、今回はどうも趣が異なるようだ。
素早く動き回ってイーディスの眼を惑わせ、何度押し返そうとも数人単位で攻め立てて来る。
迅速で執拗な、これはまさしく狩りである。
鈍重な獣のように狩られるのを待つわけには行かなかった。
素早く魔剣を抜刀し、間近な一団をめがけて大きく斬りつけた。
次々と放たれる矢を、投槍を、短剣を弾き、掴み、切り落とす。
囲まれないよう常に注意深く立ち回り、
「はいどーんっ!!」
隙あらば気合いを込めた上段蹴りでまとめて吹っ飛ばす。
続いて殺到した数人の刺突を躱すべく高く跳躍し、空中から魔法の大弓を放って反撃。
飛散した魔力の矢を避け、初めて後退した『白狼隊』の顔と名前は覚えている。
揃って音に敏感なこともだ!
「──喝ぁぁつっっ!!」
着地と同時に短く吸い込んだ息を全部使って、イーディスは城をも揺らす大声を発する。
我慢強いらしい数人を除いて、さしもの『白狼隊』もほとんどが昏倒してしまった。
聴覚が発達した白狼族にとって、過剰な騒音は痛覚にまで響く。
「っ痛ぅぅ~……ナぁんて声出してんだ、ったく!」
ついに我慢ができなくなったとでも言うように、グレイティルが陣形の中央から跳び出して来た。
撥ねるように縦横無尽に走り回り、常に急所を狙う攻撃を連続的に繰り出す。
矛、鞭、大型剣と次々に持ち替える第六公女は、手足の延長のように中距離武器を操る。
「ひょっとして義姉様のスキルですか!?」
「これは練習したんだよっ! あんまりスキル頼みはしたくネェけど……見せてやるかァ!」
グレイティルは自慢の武器をあっさり捨て去ると、イーディスの連続攻撃をことごとく躱しながら魔力を練り上げる。
今や第六公女の全身からは、北方に吹きすさぶ冬の嵐の如き魔力が吹きつけて来る。
それはすぐに集まり、公女の手の中で一振りの剣の形をなした。
「──これぞ『氷霜の剣』! 行くよイーディスちゃん!」
2021/2/8更新。