金暁騎士団(7)
ネリネのスキルを収集してからのここ一年ほどは、付与魔法と変わらない方法で、スキルを他者に付与できる者を探し回っているらしい。
捗らない捜索の気晴らしとして、イーディス達に戦いを挑みたいとの意向だそうである。
気晴らしだの腕試しだの、何とも勝手な理由で狙われたもんだと思わなくもない。
だが、ルーチェが彼らを怖がらなくて済むようになっただけでも大きな収穫である。
五人は彼女たちなりに苦労し、苦悩して、現在の状況にたどり着く事が出来たのだ。
それを少しでも褒めてやれる者が居たっていいはずだ。
正面から対峙して、話を聞いて、望みを聞いて。
その全部をどっしりと受け止めてやれる者が居たっていいはずだ。
『儂は……二人と彼女たちの戦いを、悲愴な最終決戦などにはしたくなかった。そんな戦いは、少なくともそなた達には似合うまいと思った──十二分な準備を重ねて、どうか明るく迎え撃ってやって欲しい』
そなたらには出来るはずじゃ、と、魚の煮込みを品よく食べながら言う。
その想いから、自ら魔力を割いて彼らと会い、詳しく事情を聞いてきてくれたのだろう。
『それと、今朝のうちに特別な講師に来てもらえるよう算段をつけておいた。用事を片付けてから来るそうじゃ。楽しみに待つがよい』
ジェダは言葉を打ち切って、再び食事に集中する。一つめの弁当箱を空っぽにし、二つめの弁当箱を開けた。
やはり、『翡翠の魔王』は大層な健啖家である。
ジェダの食べっぷりに感心しながら食後のデザートを味わっていると、ラヴィエールが貸し切りにしてくれた館の一室のドアがノックされた。
お届けものだよ、と言いつつ顔を出したのは──。
「チェルシー君!」
「久しぶりだね! 元気してた?」
遠慮がちにテーブルに近づいて来た少年に、ルーチェが椅子をすすめた。
「うん。今はこのあたりに家を借りて、一人暮らししてるんだ。あの時は本当にごめん」
「気にしなくていいって。届け物って何かな、何かな?」
微笑んだチェルシーが、可愛らしい紙に包まれた小包をテーブルに置く。
包みと箱を慎重に開けたイーディスが眼にしたのは、堅牢な作りの拳銃だった。
銀色に鈍く光る銃身には、菱形を基本とした美しい装飾が施されている。
どれだけ激しい冒険をこなすと想定したものか、様々な用途に使う実弾が数百発も同梱されていた。
「ご飯時に渡していいもんかちょっと悩んだけど、なんか二人とも忙しそうだし。あんまり時間とれないんじゃないかって、ステラ先生が」
「うん、大丈夫。あとプリン三つ食べるだけだし」
「うへぇ……どんだけ食べるんだよイーディスさん」
呆れたと言わんばかりの少年は、正面に座るジェダが楽しそうに眼前に並べるデザートの皿の数に愕然とした。
異世界風に仕立てたふわふわケーキがホールで二台、小さくておしゃれな形のチョコレート。プリンに至っては何と五個もある。
『少し食うかね、少年?』
「い……いいんですか」
『もちろんじゃ。たーんと食べて栄養をつけて、訓練を頑張るがよい。そなたの想い人を魅了できるくらいに強くならねばな』
快活に返事をしながら、少年は五つあったプリンの皿をひとつ受け取った。
銀のスプーンで品よく掬い取ると、感触を楽しむように味わって食べる。
星屑が輝くような意匠の彫刻が施された眼帯で覆っていない右目を細めて、少年が笑んだ。
家族の食卓を思い出す。シエルが居て、グリセルダ義姉様がいて、ハイネリルク義姉様が居た。
鍛錬の合間に頻繁に逃げ込んだ義妹の離宮までは、『礼儀作法モンスター』ロズヴェル老師の鋭い眼も届かなかった。
今と同じように、ご機嫌な食卓だった。
自分が上手く戦いに決着をつけられたら、"スキル・コレクター"の面々とも、こうして食事を摂れるだろうか。
そうなればいいとイーディスは思う。
恐らく、彼らはこちらの準備が万全に整うまで待つつもりだろう。仲介役にジェダを選んだくらいだ、思っていたよりも普通に話が通じる者たちだと考えていい。
激闘が予測される戦いでさえ、悲愴な覚悟を必要としない。
考えを変えるべきなのはきっと自分の方だ。幸運のツケなんて、払わなくていいのかも知れない。
──ここは"ディッシュ・コラル"。
名も知らぬ古き魔王が愛する妃の為に豊かさと歓びと美味を集め、幸福を約束した地。
2021/2/7更新。