金暁騎士団(4)
『先ほどの儂に相談したいことと言うのは、その施設の子ども達のことかな』
問われたルーチェは義姉に甘える機会を後に預けてジェダに向き直り、頷いた。
「お姉ちゃんも同じ事を考えてたみたいだけど……あの子たちがもし研究所を脱出して行き先に困ってたら、ジェダ様にお願いしてみたいなって思ったの。ローゼンハイム公国が動いてくれてるみたいだし、ちょっと状況が思ってたより変わって来ちゃってるんだけど」
『うむ。状況は常に変化するものじゃ。さてルーチェ殿、儂らはどうするのがよいかな?』
悪戯っぽく微笑んだジェダは、『ちなみに、邪眼やその他の異能を持つ者の位置を探るくらいは朝飯前じゃぞ』と大きなヒントを与える。
「んん~、じゃあ思い切ってお願いしてみようかな?」
『承知した。じゃが、今日はちと休みたい。明日でもよかろうか』
小さな依頼者の快諾を受けた『翡翠の魔王』は、名残惜しそうにしつつも、大きな鏡の中へと戻って行った。
「……きっ、緊張したぁぁ」
出し抜けに、ネリネがテーブルに突っ伏した。
緊張の糸が一気に切れたのか、店を案内する時のきびきびとした感じがすっかり影を潜めている。
「さっきから一言も口を利けませんでした」
「ちゃんと話をしていらっしゃったじゃありませんか、ネリネ殿」
それにお祖母様は他人を取って食べたりしませんよ、とラヴィエールがおどけた調子で励ます。
「それよりも、よく再びこのギルドに来てくださいました」
「は、はい……お世話になったのにちゃんと退職の挨拶もできなくて、とっても気になってたんです。イーディスさん達と一緒なら、大丈夫かなって……」
ネリネはちらりとラヴィエールを見て、すぐに俯いてしまう。
意を決して、深く頭を下げる。
「いきなりいなくなってしまって、すみませんでした!」
若きギルド長はきわめて穏やかにネリネの謝罪を受け入れ、彼女の兄妹から事情を聞いたことを伝えて安堵させた。
それから丁寧に、改めて事情を聞きたいと促した。
ネリネが再びテーブル席についたのに合わせて、魏姉妹も席に戻った。
『グラシェ・デパート』の優秀な係員は、彼女らしくもなくおずおずと話し始める。
「えと……その、私……スキルを奪われてしまったんです」
「それは、いつのことでしたか」
「一年ほど前です」
「ネリネ殿のスキルは確か、『剛力』でしたね」
「はい。自分でも信じられない、とんでもない力が出る時があって、『金暁騎士団』でジェダ様に判定してもらって……」
「そしてスキルを磨き、冒険者になった。楽しい時間を提供できていたでしょうか? 僕らは」
「もちろんです。ここの皆と遺跡を探検するのが大好きだったんです。だから、だから……スキルを奪われちゃったのを、誰にも言えなくて。お兄ちゃんや妹にも、言えなくて……」
「人員のスキルだけを見て、その価値や良し悪しだけで在籍して頂くかどうかを決めているわけではありません。それはご承知いただいていますね」
「は、はい……私が、勝手に除名をして頂いて」
「人員の──あなたの意志は最大限に尊重されるべきだ。ただ、あなたの事情に思い至れなかったのが僕は悔しい。ラウロさんやザシャ君や、レミーガさんの時もそうだった。僕は一体、何を見ていたんだろう」
一度でもギルドに在籍した者達の名前と顔を、ラヴィエールは明確に覚えているらしかった。
事実と感情を切り離す作業は、思い入れが強ければ強いほど難しい。
イーディスは何か声をかけようと思ったが、ルーチェに静かに留められて再び口をつぐんだ。
「今からでも出来ることがあるとすれば、あなたのスキルを奪った犯人を捕まえ、取り戻すしかありません。僕の全力を以って──」
「──いいえ、ラヴィエールさん」
ネリネはギルド長の言葉を、静かに遮った。
「私は重い荷物を持ち上げられなくなりました。『剛力』のスキルの反作用が今になって出てきているんです。スキルを使い続けていたら、こうして立ち働く事が出来ていたかどうか分からないの」
「そう、でしたか。自らのスキルを選ぶ事が出来るのは、選び抜かれた『転生者』だけ。……僕らにとってはやっぱり、理不尽でしかないですね」
2021/2/5更新。