金暁騎士団(2)
鏡の中の部屋でのんびりと茶を喫していた人物は、四人分の視線にはたと気づいて、慌てて鏡から抜け出して来た。
『新しい顔ぶれじゃな。ラヴィ、この方たちは?』
「スキルを求めて訪れておいでです。判定をお願いしたいのです、お祖母さま」
『うむ、よかろ』
漆黒のローブに身を包んだ長身の女性は、少しも迷うことなくイーディスの手を取った。
穏やかだが、時には有無を言わせない態度をとる人物なのだろう。
片眼鏡の奥の赤い瞳が光る。
やがて魔導師らしき女性は、厳かに慎重に口を開いた。
『んーむ、そなたは……スキルをお持ちでないようじゃ』
何気に衝撃の発言である。
スキルがない!!
スキルがないですとっ!?
持ち前の精神力と冷静さを働かせたイーディスがいつもの聞く姿勢を崩すことは決してないが、わずかな動揺は眼前の人物にしっかりと伝わったようだ。
『大して揺るがぬか。びっくりさせようと思うたのに』
残念そうに意味不明な供述をしてからイーディスの手を離し、『うそうそ、冗談じゃよ』と笑う。
『一口にスキルと言うたって、その実は星の数よりも多い。戦士殿の場合は、表面に現れる類の能力ではないというだけのことじゃ』
「は、はぁ……」
茶でも飲みながら話そうぞ、と気さくに言うので、ラヴィエールが即席で茶席を整えた。
彼女から供された茶は美しい青色であった。
『この世界の間近に存在する、他の世界から仕入れた魔法の飲料じゃ。騙されたと思って飲んでみよ』
覚悟を決めて口に運ぶと、ハーブティーと炭酸飲料を混ぜたような爽やかな味がした。
さながら心まで染みわたって疲れを取り去るかのようである。
先ほどから石のように固まってしまっていたネリネも、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
『儂はジェダという。仕事は……まあ、何でも屋ってとこじゃな』
自分の事を話そうと思うと本が一冊書きあがると言うので、とりあえず名乗って、スキルについて話を聞くことにした。
『イーディス殿は、どんな武具をお使いかな?』
ジェダにそう水を向けられて、改めて指折り数えてみる。
弓、斧、槍、ナイフ、剣……クロスボウ、大型剣、魔剣。
馬に乗れば突撃槍も使えなくはない。それから体術、といったところか。
『さらに質問じゃ。五指に余る武具・武術を使いこなして戦うのに、支障を感じたことは』
「ありません」
『マニュアルとか読んだ事あるか、一度でも?』
「ないですね」
じゃあ、それじゃな──ジェダは事もなげに言い放った。
『イーディス殿のスキルに名をつけるならば、そうさな。"将軍の腕"といったところじゃろうて』
「"将軍の腕"……そのこころは?」
意を決したように、ネリネが言葉を挟んだ。ジェダを前にした緊張感を好奇心が上回ったようだ。
『武術や武器の腕前を、分かりやすく数字で表すと仮に決めよう。まったくの初心者を"1"、達人を"100"と表すことにする。その尺度を用いた場合、初めて触れる武器は"1"ということになるよな? ネリネ殿』
「あ……はい。なんとなく分かります。扱い始めたばかりだから、腕前を示す数字も最も小さくなり、"1"となります」
『イーディス殿の場合は、その"1"が、ない。最初から"100"なのよ。新しい種類の武器に一度でも触れてみよ、彼女にはそれを手足のように操る事が出来るはず……それは世が世なら百戦の勝敗を揺るがさぬ大将軍となれる力じゃ! 故にスキルもかように名付けるべきと考えた』
では試しに、と悪戯っぽく笑ったラヴィエールが、形よく整えられた木の棒を持ち出した。
「これは『王樹』の幹を削り出した棒です。おそらくイーディス殿には初見と見込みますが……扱えますか?」
頷いて手に取った。
少し歩いて広い空間を確保し、とりあえず槍を扱う要領で振り回してみる。
しなりが良い。
試しに魔力を通してみると、やはり鞭のようにしならせることができた。
剣より遠くに届き、しかも当たったら痛そうだ。
気に入った!
「これ、おもしろいですね! あ、ちがう、正しく扱えているでしょうか?」
『金暁騎士団』の若きギルド長は、「大正解です」と微笑を交えてイーディスを称えた。
2021/2/4更新。