『夜明けの道標』(3)
「年甲斐もなく取り乱してしまい申した──魔法を以って武具を操るひとつの手段をお示ししたのみに終わっては当館の名折れ。次々と提案をして参ろう」
クヴェットは咳払いして、再び席についた。
「先ほどご提案した魔法を行使する武具、これの数を増やしてみてはどうかと思う。攻撃手段として用いるほかに、戦闘を行う相手の動きを大いに制限する手段として、武具を操作することを考えてみる」
「それは……」
ネリネが慎重に言葉を挟んだ。
「罠のように武器を置いたり操作して、相手の動ける範囲を小さくすると言うことですか?」
「うむ。相手を斬ろうとして剣を振る瞬間に全く別の方向から銃弾や弓矢が飛んできたら、イーディス殿はお嫌でありましょう?」
「ああー絶対イヤですね」と辟易して答えるイーディスの脳裏には、銃撃好きの某女伯爵の無邪気な微笑みがよぎりまくっている。
クヴェットは彼女の心情を読み取ったかのように苦笑したが、淀みなく言葉を続けた。
「こと戦闘においては、相手の嫌がることを進んでせねばならんことが多い。それは戦略とか戦術とか呼ぶべき物であろう。我ら魔導師ならば戦士達と役割を分担して、彼ら彼女らを存分に助ける事が出来る──と、私は考える」
「じゃあ、魔導師も武器庫みたいなのを持ってた方がいいってこと?」
「そうですな、ルーチェ殿。大きな魔力を一度に消耗して撤退を早めるよりも、少ない力で長く戦える方がよいとお思いでありましょう」
「はい。あたしは……守られるだけじゃ、ダメだから」
「よきお心がけよな。爆弾や火薬、銃器に弓矢……罠として様々な武具を使うことが考えられまする。あらゆる状況を想定したうえでお買い求めになることをおすすめ致す」
「わかりました」と素直に答えるルーチェの態度に気を良くしたらしいクヴェットは、紅茶の用意を一瞬で整えた。
品よく一口を飲んで喉を湿らせると、
「まだまだ話したいことはござるが、時間も限られておろうし次に移ろう。戦士が高等な魔法を扱う方法にござるが、これは……イーディス殿のお好みによるところが大きいかも知れんな」
「わたしの好み、ですか?」
「うむ。ぶっちゃけた話、高等な魔法を覚えて使いこなす手続きはとても面倒でありまする。それよりは自身の長所だけを伸ばした方がよいだろうと考える戦士たちは数多い」
「た、確かに」
だがしかし、とクヴェットが語気を強める。
「貴公がお持ちの魔剣をお貸し願えれば、手本をお見せする事が出来まするぞ」
断る理由がない。
イーディスは素直に魔剣を取り出すと、半龍人に手渡す。
クヴェットが片手で触れた直後、魔剣の純白の鞘が強い冷気を発した。
周囲の空気を凍てつかせ、さながら薄氷をまとったかのように美しく輝く。
「付与魔法ですか?」
「正確に言うならば、これは魔剣に使われている魔法金属の性質を魔力で以って具現化する技術。付与魔法の取り扱いを簡易にすべく、以前から私が考案し実験を重ねていた物にござる」
「すごいですね、クヴェット様は」
「否、ぶっちゃけヒマだっただけにござる。それに技術を確立したは良いが、前言の通り自ら魔法を使ってやろうという戦士があまり現れませんのでな……持ち腐れにしておったところでありまする」
使われない技術、伝わらない言葉に意味はない。
少し寂しげに微笑んだクヴェットは、「して、いかほどで買い取っていただけるかな?」とすぐに機嫌を直す。
話し合いの結果、彼女が開発した技術の値段は十万ゴルトに落ち着いた。
やはりと言うべきだろう、クヴェットは自分の利益をほぼ度外視している。
口ぶりや動作などから、この半龍人が何らかの高い地位にあったことは容易に想像できる。
だが彼女は単純に、デパートでの商いを好んでいるのだろう。
知識や経験や技術を他者に譲り渡すことに、喜びを感じているのだろう。
"スキル・コレクター"が何を考え、何を目的として動いているか、などと言うことは、全く想像することも出来ない。
仮に人々のスキルをただ欲し、自分のために集めているのだとすれば──その所業を少しでも押し留める事が出来れば良いと、イーディスは思う。
彼/彼女の喜びは恐らく、クヴェットとは全く逆のところにある。
大事にして来た物を奪われて、冒険者たちが悲しむことのないようにしたいと思う。
標的にされたのは好都合だ──吠え面かかせてやらないと気が済まない。
2021/2/3更新。




