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『夜明けの道標』(2)

彼女は半龍人ドラグーンだ。

頭の両端に異種族であることを主張するように生えているべき龍の角は、魔法か何かで断ち落としてしまったのだろう。


あらゆる手を尽くして限界まで人間族に歩み寄りつつ、魔族の矜持を示すためだけに、小さな牙だけは残している──視線が気になったのか、クヴェトゥーシュ自身がそのように説明してくれた。

「すみません、不躾ぶしつけで」

「お客人に興味を持っていただけるのは店員の喜びでありまする、お気になさらぬがよい」


クヴェットは重厚な作りのカウンターから出ると、店の奥の広い空間へ歩いてゆく。

慌てて続いた三人に促して、大きなテーブルの席に腰かけた。


「さてさて。戦士でありつつ高等な魔法を使う。魔導師でありながら強力な武器を使う。わたくしが申すまでもなく……このことは事実上、不可能とされて来たことである」

「やはり、無理ですか」


イーディス達よりも、むしろネリネの方が肩を落としている。

少し気になるが、まあ彼女には彼女の事情があるのだろう。

言いたくないことや言うべき機会を見計らっていることの一つや二つ、誰にでもある。


「扱う技能が違えば必要な能力の伸び方も違う。一部の天才を除いて腕力と魔力の両立は著しく困難である。残念だが、それゆえに分業制や職業の制度が発展したとも言えるとわたくしは考える」


一部の天才だけが卓越した技能を誇っても、意味がないのだとクヴェットが苦笑する。

イーディスにはなんとなく理解できた。

もし天才が活躍することだけが重要なら、生まれ故郷はもっともっと強大な国になっているはずだ。

でも、あの国の現実はそうではなくて──ローゼンハイム公国との同盟を結ぶ形で存立を保つ、山間の小国にすぎない。


「それにネリネ殿、わたくしは決して無理だとは言っていないよ? 大いなる工夫が、我らにはあるのだから」

クヴェットがにやりと笑い、懐から丸い金属の塊を取り出す。

これから隠し事を披露されるネリネは、興味深そうに様子をうかがっている。

「ルーチェ殿。()()()はそなたの言うことを何でも聞きまする。試しに何か命じてみて欲しい」


「じゃあ……浮かんで!」

半龍人ドラグーンが金属の塊に爪で文字を刻むと、それは淡く発光しながら、ルーチェの気まぐれな命令に応じた。

ゆっくりと浮かび上がり、大型の鳥が滞空するかのように、テーブルの上で浮遊し続ける。


「次回からは、魔力を通すだけで同じ命令を実行するようになる。魔物や生物のように意志を持たぬゆえ、それらに輪をかけて良き命令を下してやるべきだとは思うが」

「うーん、分かったような分からないような……」


半龍人が片手で金属の塊を掴む。

表面をサラリと撫でると刻まれた魔法文字が消えて、金属は彼女のてのひらにおとなしく収まった。


「簡単な命令を示す魔法文字を、物体の表面に刻んで操る。自律して動くなどの高等なことはできんが──既存の方法よりも省力化する事ができ、また簡単に使いこなすことができましょう。この手法を買われぬか?」

穏やかに誘われたルーチェが、ごく自然に蒼い瞳を輝かせた。


熟練の戦士には及ばずとも、この手法なら武具を扱う事が出来ると判断したようだ。

「ぜひ! おいくらですか?」

「そうでありますな。開発したのはわたくしではない……発案者と分配することを考えて、十万ゴルトといったところですな」


「誰が発明したの?」

わたくしのかつての家臣。今は西館の本屋で隠居をしておる男でありまする。先ほど話をしましたら、デュークにしては珍しくはしゃいでおったのですが。何か心当たりがござるかな」

「あたしは、ない……お姉ちゃんは?」


イーディスは控えめに、義姉達から貰った"戦士のための"魔導書の話をした。

解読も手引書の作成も、もう終わったのだろう。あとで引き取りに行かなければ。

それからもう一つ。

見つめるだけで物質を思いのままに操る事の出来る人物が知り合いにいるとも話した。

「ほほう! 興味深い! いずれ個人的に会いに行ってみたいものだ! 何処にお住まいでありましょうか?」


イーディスは西館の書店で買っておいた葉っぱ型のメモ帳にさらりと国名を書き、丁寧に切って渡した。

門番、離宮の警護、本人の警備。

それぞれの任に就いている親友たちの名前も記しておいた。

クヴェットほどの魔力があれば、目に映るすべてを魅了しかねないシエラザートの『邪眼』の力にも耐えられるはずだ。


ごく個人的に確かめてみたいこともあるが、それはここでの買い物が終わってからにするべきだろう。

2021/2/2更新。

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