ティラミス=グラシェ(2)
「わたしの『スキル』は……デパートの地下から通じている古代遺跡から、欲しいものを必ず探し当てる事が出来る、というものです」
物作りを何よりも愛好していた古代の人々が、集団で別の世界に居を移すまでの間に作り続けた様々な品物が、その古代遺跡には今でも溢れかえっていると言う。
遺跡に満ちる魔力を求めて強大な魔物が棲みつき、遺跡はさながら迷宮のごとく存在を変化させた。
ティラミスは祖父から道具屋を譲り受けた際、遺跡の鍵と権利も譲られて、自ら『玩具の城』と名付けた。
生来から獲得していたスキルを使いこなすことで、道具屋に珍しい商品を仕入れるようになったのだとか。
「たぶん、我ながら異様にドジなのは、便利なスキルの制限っていうか……反作用、みたいなものなのかなーと思ったりしています。有効な能力だけを使えるようにはなってないってことなんだろうなぁと思うの。なんとなくなんですけどね」
ティラミスが遺跡から取り出した純白のローブは丁寧に折りたたまれていて、優秀な係員がデパートのロゴ入りの包み紙で包み終えるのを、待っているかのようだった。
「ご予算は?」
疲れを少しも見せない若き女社長が穏やかに尋ねてくる。
「五百万と少し、残っているかと」
「わかりました。こちらも出来る限りお勉強させていただきまして……」
女社長の言い値の百五十万ゴルトを、イーディスは明朗に支払った。
ローブが入った包みを受け取って、魔法の小箱にしまい込んだ。
ティラミス=グラシェが、また上機嫌で話しかけて来る。
「何か冒険をされていて、お困りのことはありませんか?」
ふたつの商店街を傘下に収め、独自の冒険者ギルドを持ち、小さな道具屋がデパートとなる前には、こうして一人ひとりの客と相談しながら商品を選び取るのが主な商売の方法だったのだと言う。
以前のように客との距離が近い仕事をしてみたいと思わなくもない、とこっそり教えてくれた。
イーディスも思うことを正直に話してみることにした。
「頂き物の武器をたくさん持っているんですが、特殊な用途に使える品物がないかなぁと。あと、義妹との二人旅で小隊を組む予定もないので、多数の武器を一度に使えるようになりたいんですが……」
「特殊な武器……『龍殺剣』とかでしたら、ひと通り揃えてありますよ」
朗らかに笑ったかと思えば、すぐに考え込むようなそぶりを見せる。
若き女社長は、客のことを自分のこととして考える事が出来るようだ。
今は揃ってこの店の係員やテナントの店長になっているはずの、かつての商店街の仲間たちと同じように。
「わたしは正直、未だに武器には詳しくないのですが──おひとりで多くの武器をお持ちの場合、使いたい品物を素早く取り出せたりしたら便利なのでしょうか?」
「良いかも知れません。素早い相手に対応できるようになりたいんです」
ティラミスは「なるほどー」とひとつ息をつく。
すぐにルーチェに視線を移した。
「ところでルーチェさま、何か思いつかれましたか」
「良くお分かりで……参ったなぁ」
「何年も商売を続けていますからね。お顔を見れば分かりますよ」
苦笑を浮かべたままのルーチェだが頷いて、考えを言葉にする。
「魔法で武具を操る事ってできないかな、と思って。魔力で動かす義手みたいなのを作ってもいいと思ったんだけど、それじゃあ重くなっちゃいそうだし」
「完全なオーダーメイドのお仕事になりますね……。北館は冒険者のための支援施設になっていますので、ぜひ『夜明けの道標』をお訪ねくださればと思います。我が社のスタッフが、お二人のご要望にかならずお応えします」
わかりました、とルーチェが応じた。
冷静な口調だったが、ワクワク感を隠しきれていない。
ルーチェを守らなくては、ではない。
守りたい、とイーディスは改めて思う。
貴族王族からの御下命でなく、誰かからの依頼でもなく。
騎士ならざるイーディス自身が、確かにそう思う。
いつかの自身の言葉通り──どんな努力をしようと、どんな準備を重ねようと、負けてしまうことはある。
それでも準備をするべきだと思う。
イーディスは、自分のための残りのお金を、この店で使い切ろうと決めた。
全然、惜しくない。
コルティ義姉様だって、きっと褒めてくださる。
2021/2/2更新。