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姫騎士と姫と

「それに、イーディスお姉様が……わたくしのような人間のために、どれだけ尽くしてくれたか」

シエルはそれまでよりもずっと強く、姉姫の腰に回した手に力を込めた。「わたくしは、知っているもの」

姫騎士の体幹は相変わらず頑健で、その負荷をものともしない。


だが、妹姫が姉姫に身体を密着させるには充分だった。


「そんな……尽くしてきただなんて。わたしは、何もできなかったも同じなのに。自分の努力さえも、自分で無駄にしてしまったのに」


「いいえ、いいえ──」

妹姫は姉姫の腕の中で、激しく首を横に振った。


「謙遜してもダメよ。お姉様が、たった七歳でこの国に来てくれた理由も。騎士を目指したのも。この力強い戦士の肉体も、鍛え上げた精神も」


美しい瞳から涙がこぼれ堕ちる。

シエルはとっくに泣いていたのだった。

「……すべて義妹いもうとのためだと、仰って」


熱い。

抱きしめた小さな身体も、彼女の赤と紫の瞳に囚われた己の心も。けるように熱い。

妹姫は熱に浮かされているのだと思った。


シエルの邪眼が輝く。

こう々と、いつか心の奥底に押し込めた欲望さえも見透かしたかのように。


だからと言って彼女の言葉を、真意を、情熱を押し留めるための言葉を自分が持ち合わせていないことも、イーディスは良く知ってしまっている。

ああ、もうダメだ。楽になりたい……。


「その通りです、シエラザート様。わたしは……あなたの為にこのローゼンハイムへ来た。あなたの為に身体を鋼のごとく鍛え上げ、銀の剣をこの手にった。自覚した時は怖くてたまらなかったが……姫、わたしをこうも追い詰めた、あなたが悪いのですよ」


ああ、言う──言ってしまう。

イーディスは激しい動悸に襲われながらも、息をようよう吸い込んだ。


「わたしは一目見た時から、あなたを愛していた。今もそうだ。イーディスはシエラザートを愛している」


イーディスの故国はローゼンハイムの同盟国のひとつで、異国の武術をうまく取り込んで体系化を果たし、それのみで存立する小国だ。

高い教育水準と独特の文化で培われた人格、そして武術の腕を買われて、わずか七歳のイーディスは公王の養女となったのだ。


四歳になったばかりのシエルを、この手で守るのだと誓うのに、長い時間は必要なかった。


遊びもおしゃれもそこそこに身体を鍛えるのも苦ではなかった。

社交場に出ることもないし、髪型やケアなんかどうでもいいと思っていたから、黒髪もいつからか伸ばし放題だった。


シエルが手を伸ばして、その髪に触れる。

もう泣きやんでいた。


「……だめじゃない、ちゃんとお手入れしなきゃ。国を出たらまず、有名な美容室へ行って何とかしてもらってくださいね?」

「ええ。世界一のカリスマ美容師に整えてもらうわ」

「ふふっ! 美しくなってください、お姉様。可愛らしさと強さは、決して両立しないものじゃないと思うの。騎士団にもお洒落で強い女性騎士がいるじゃない。わたくしの仮説を証明してください」


「シエルがそう言うなら」


「よろしい。……わたくしはね、後継者として選ばれたら、最初の仕事はあなたにどうにかしてお休みを取っていただくことだと考えていたの。どうしたら、あなたを義務や鍛錬や期待から自由にさせてあげられるかを。ずっと前から」


シエル姫のいない自由など価値はない、と言えたらどれだけいいだろう。

このまま連れ去ってしまえたなら──そうしたら、わたしは反逆者だ。

父王は今度こそ矛を手に、地の果て異世界まで追っかけて来るに違いない。


その空想が、失意の姫騎士を微笑させた。

「ありがとう……シエル。大好きよ。どこに居ても、誰といても。ずっと好きよ」


「うん……シエルもよ。お姉様が大好き。好きすぎてどうにかなっちゃう、でも……」

ようやく気が済んだのか、妹姫は姉姫から名残惜しそうに身体を離す。

不安げに訴える事には、

「ねえ、やっぱりこれから、ジークと婚約したりするのかな? 結婚も……するのかなぁ」


「男の人は嫌い? ジークなら兄妹同然に育って来たでしょうに」

「あなたが魅力的過ぎたせいよ。どうしてくれるのよ、もう」


「お姉様以外の人に良く目を向けて。皆がシエルの味方なのだから、安心していいわ。焦らず、ゆっくりね?」

「……お姉様がそう仰るなら、そうします」

「よろしい。……そろそろ、行かないと。夜が明けてしまう」


「ええ、姫騎士イーディス……あなたに自由をあげるわ」

だから……!

シエルがもう一度、自分の胸をめがけて飛び込んで来る。


けれど、イーディスは少しも反応できなかった。

妹姫の要求を受け入れるのもこれが最後なのだと、熱に浮かされた頭で、わずかに考えて。


それだけだった。

2020/11/18更新。

2021/1/15更新。

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