グラシェ・デパート(3)
店番の娘──ハーツイーズはにっこりと微笑んだ。
おしゃれな砂時計を持ち出してひっくり返す。
「我ながら口数が多い方でして、ごく短く制限しとかないと日が暮れても話してしまうんですよ。って言っても好きなことしかお話しできないんで、砂が落ちるまでで五百ゴルトってとこです」
なんて笑いながら、先におやつを用意するようだ。
小さな客の好みを聞いてから、藤の籠を持ち出す。
「いち、に……さん」
控えめな破裂音が鳴り、暖色の煙が立ち昇る。
煙が晴れると、藤籠は派手な包み紙に包まれた飴やチョコレートで一杯になっていた。
さては熟練の手品師かと思ったイーディスが尋ねてみたが、ハーツイーズはやんわりと否定した。
自ら菓子をひとつ選んで包みを開けながら、
「今のは転移魔法の応用です。友達がデパートの二階で駄菓子屋をしてるので、この店にも少し融通してもらってるんですよ」
と丁寧に説明してくれた。
実際に飴玉を食べてみると、質の良いプラムみたいな甘酸っぱい味がした。
「気に入ってもらえましたか」
「あとで買いに行きます」
「友達も喜びます。本をたくさん買って頂いたようですから、割引券もお渡ししますね。さて、フリートークの内容ですけど……おやつを食べながらなので、お菓子の話をしてみようと思います」
ルーチェが新しい飴の包みを解きながら頷く。
「お客様はどのような食べ物やお菓子をお好みでしょうか?」
「デパートに来る途中で、たくさん異世界のお菓子を買い食いしちゃったの。ちょっと濃い味が多いのかなと思ったんだけど、全部おいしかったんだよね……」
「一つに絞るのは難しそうですね。ってなこと言ってる私もお菓子が大好き。気がついたら一人ですごい量を食べてしまってることも多いです。全部の世界のお菓子を食べつくすのが私の密かな夢だったりします。ちょっと難しいかな、なんて思ってますけどもね」
世界の全部のお菓子を食べたいと言ったのではない。
この距離で聞き間違うことはあり得ない。
彼女は確かに、全部の世界のお菓子を、と言った。
イーディスの頭にはさっそく提案が湧いて出たが……先に彼女の話を聞きたいので頭の隅に置いておくことにした。
ハーツイーズは意味深に頷いて見せてから、小さく息を吸い込んだ。
「さて、この世界にも、異世界に負けないおいしいお菓子がたくさんあります。作る速さや量は機械文明には敵いませんが、時間と手間をかける分、品質には定評があるんですよ」
「魔法で作ったりするの?」
「はい、魔法でしかできない作り方もあります。戦うばかりが魔法の使い道じゃないんじゃないかな、なんて私は思います」
「なるほど……」
「私の祖父が書いた専門の本もありますよ。追加のお買い求めにいかが?」
「ぜひ!」
宣伝が終わったところで、小さな砂時計の砂がすべて落ちた。
「もう少しお話していたかったです」
イーディスが支払った五百ゴルトを受け取って、書店の看板娘がゆっくりと椅子から立ち上がった。
彼女に代わってカウンターに立っているネリネを待たせるわけにはいかない。
イーディスは彼女を引き留めて、提案を持ちかける。
二つだ。
「お忙しい事とは思いますが、定期的に書物をおすすめして頂けないでしょうか? 義妹に買ってあげたいし、わたしも学びたいのです」
「お二人にお手紙をお届けするんですね? もちろん、できますよ。どんどん魔法を学んでくださいね」
「ありがとう。もう一つは異世界旅行についてなんですが……興味がおありですか」
「ええ」
「世界を行き来できる大型船を持っている友人が、北大陸に居ます。会って話してみる価値はあると思います」
「是非、そうさせてもらいます。その方がどちらにお住いか、お判りでしょうか」
看板娘が指を鳴らすと、細心の世界地図が机の上に現れた。
イーディスは筆記具を借りると、ヴィントブルグの王城近くを丸く囲んだ。
ルーチェも興味深そうに見ている。そう言えば恩人の話をしていなかった。
「はっきりしてなくてすみません。旅好きな方で……」
「大丈夫、自力で探します。私も魔導師の端くれですから」
ハーツイーズはまたにっこりと微笑んで、深く一礼した。
2021/1/28更新。