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巨人の掌の上で

魏姉妹は弁当で昼食を済ませると、徒歩の旅を再開した。

どこを切り取っても美しい景色に溢れている。いくら歩いても飽きないのではないかと思うほどだ。

だが、残りはざっと鉄道で二日分の距離。

歩ききることも出来なくはないだろうが、現実的な旅程だとは到底思えない。

イーディスは"鎧"を呼び出すよう義妹に頼んだ。


ルーチェは白銀の鎧の人形を荷物入れから取り出すと、こつんと背中を叩いた。

巨大化した鎧の魔物が大きな手をうやうやしく差し伸べる。

イーディスが先んじて魔物の手のひらに乗り、ルーチェを抱えるように引っ張り上げた。


「高いところは大丈夫?」

「お姉ちゃんがいるなら」


はにかむ義妹の様子に、愛おしさがこみ上げてくる。

いつも感情を爆発させていたのでは身がもたないし、行動を進めることも難しい。

我慢する必要なんかないけれど、メリハリってやつも大事だ。


イーディスはしっかりと義妹を抱き寄せた。

このくらいは許されるだろうと思った。


「お姉ちゃんは高いところ得意?」

「山登りも山籠もりもしたよ。ルーチェよりちょっと慣れてるって感じかな」

「うー……あたしは騎士になるの、無理っぽいなぁ」

「できる人が、しなければならない人が騎士になればいいのよ。平和ってそういうもんなんだと思う」


でも、シエルは違う。

誇りあるローゼンハイム公国の騎士団が『残業続きの庭師』などと呼ばれるのが許せないと言っていた。

帰りたいと思ったことは一度もないが……今はどんな"悪戯"を仕掛けている頃だろうか。


──鎧の魔物は、小さな君主の命令通りにゆっくりと進む。

少しだけ足を浮かせているようで、その巨大な足跡が大地に刻まれることはない。

繊細かつ大胆に、巨人の速度で旅程を進めてくれる。

多くの小さな城や町や村を通り過ぎた。関所では魔物の手から降りて通行料を支払った。

交通手段は珍しいかも知れないけれど、これが当たり前の、楽しい旅行だ。


南大陸は大陸まるごと観光地と言われるだけあって、すれ違う人の数が多い。

丘陵や平原や小さな林を通る道はどんな通行手段でも快適に通過することができるよう、常になだらかで幅広い。


夕焼けが南大陸の空を真っ赤に染める頃には、それまでよりも大きな建物や民家が立ち並ぶ都市部に入った。

だいたいの計算でしかないけれど、『クリーム・パフ号』の早さで一日分と言ったところだろうか。

鎧の魔物の足元を快適に走ってゆく、鋼鉄製らしい丸っこい乗り物が明らかに増えた。


あれこそは異世界の『自動車』ではないかと見当をつけながら、色とりどりの車体が転がるように道を駆け抜けてゆく様子を楽しく眺める。

「いろんな旅の仕方が許されてる感じだよね。馬車に『自動車クルマ』は分かるけど、こっちは巨人だよ? 今のところ誰も気にしてないよ? "ディッシュ・コラル"ってすげー」

「確かに……何て言うか、寛容な感じがするよね。北大陸がそうじゃないワケじゃないけど」


「やっぱり、天気が暖かいからかな。あたしもお姉ちゃんと居る時、いつも暖かいから……自分でも優しくなってる気がするもん」

「ルーチェは優しいよ」

「そうかな?」

「そうだよ。ルーチェがいるから、わたしも他の人に優しくできるんだ。お金を持ってて気が大きくなってるんだって言われるかもだけど」


「そういえば、お姉ちゃんが怒ってるの見たことない」

「会う人みんな人がいいからね。今のところは怒らなくて済んでる。騎士時代のクセで魔物にはちょっとひどい事しちゃうんだけどさ」

「人に優しくできるならいいと思う。仕方ないよ、大抵の魔物とは戦うしかないんだし……お姉ちゃんの強いところ、あたしは好き」

「鍛えててよかったなぁ……わたし」


常に自分を肯定していなさい、と、三番目のイマリ義姉様ねえさまがいつも仰っていたのを思い出す。

イーディスは決して前向きな性格ではなかったから、義姉様の言葉を理解はしていても、実践することが難しかった。

鍛えててよかった、なんて言葉が心の底から沸き上がるだなんて。


自分のために策略を練ってくれたシエルにも、旅の始めを心強く励ましてくれたソフィアにも、窮屈な肉体を作り直してくれたマリウスにも、感謝を忘れたことはない。


けれど……ルーチェとの出会いこそが、自らの変化のきっかけだったのだ。

もと姫騎士は義妹を優しく抱き締めた。

2021/1/27更新。

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