なりたて賢者と金暁騎士団(2)
「あと一つ──先生は『邪眼』に詳しいですか」
「そうでもありまへんな。あの子に教えた封印の方法も、ホントは目を休めるための術ですし」
基本的に目を酷使する魔導師達が強引にでも目を大事にできるようにと生み出された術なのだそうだ。
「ルーチェさんは『邪眼』に興味ありますの?」
「先生、よく見てください」
「え? ……うひゃっ!? ものすんごい魔力やないのっ! 両目かいな!」
「はい~」
「そうやったんですか……最初に気づかないかんかったことでしたわ」
ステラは素直にそう口にして、ルーチェの頭を撫でる。
すこし迷って、静かな声で言葉を紡ぐ。
彼女の生徒がそうしたように、ステラもまた打ち明け話をしたくなったのだろう。
それは単なる気まぐれではない。
少しの間だけでも気持ちを分かち合いたいという純粋な気持ちが、ちゃんと伝わって来る。
「『邪眼』のことは一通り学校で勉強して知ってます、一応、『賢者』の学位も取りましてん。でもウチは『邪眼』持ってへん。ウチかてあの子の家族と同じ、チェルシー君の気持ちも本当にはわかってあげられへんのやと思う。それが分かってて、もっと深く関わろうとしてるんや。……自信ないわ」
「生意気だと思うかもしれないけど、先生は自信持ってていいと思うんだ。分かんなくても分かろうとしてくれてるの、分かるもん。あたしにとってのイーディスお姉ちゃんと同じ。いちばん分かってくれるの」
そういう人に早く出会えたチェルシーは幸運なんだと思う──というようなことを、少したどたどしくも、ルーチェは言った。
「ありがとうねぇ。もっとウチにできることがないか、がんばって勉強してみるわ」
「先に冒険者になってみるとか? お手本が見せられるじゃん」
「それ、ええな!」
ステラは快哉をあげてルーチェの提案に同意した。
ゼーフォルト人らしい、ノリのいい人だ。
嬉しそうに義妹と話す新人教師を見ながら、イーディスは自然と穏やかな心持になる。
冒険者になるなら武術も学び直した方がいいだろう、アウローラ義姉様の教本が役に立つかな……などと余計な気を回しながら荷物入れを探る。
「……あれ?」
おかしい。
ヴィントブルクのカール陛下から賜った贈り物の包みが、やたらと重くなっている。
何やかんやと立て込んで、すっかり確認を怠ってしまっていた物だ。
受け取った時は、かなり軽い得物だと見当がついていたのだけれど。
「イーディスさん、それ何ですのん……ウチ、寒気がすんねんけど」
ステラとルーチェが同時に気づいて傍らまで来た。
気合い一発、強引に取り出した武具は、複雑きわまる意匠の鞘に収まった短剣であった。
ちょっと見して! とステラが興奮気味に言うので、慎重に手渡してみる。
ステラは夢中になって白紙の束を取り出し、分かる事や推測らしき文章を凄まじい速さで書き記してゆく。
やがて何かに引き寄せられるかのように、剣をそっと鞘から引き抜いた。
「ちょっ、ちょお待って、待って……! これ! 『成長金属』やんか! 目ぇ飛び出るくらい高価いヤツ!!」
『賢者』の学位はダテではないらしい。
熱っぽく、でも手短に説明してくれたことによると、要するに周囲の魔力を貯め込んで、最終的に“何か”に変化する希少な魔法金属なのだそうだ。
身分の高い人からの贈り物だと伝えると、また質問が飛んできた。
「魔力どんだけ吸わせたん? あり得へん……もう完成しとる!」
黒龍だの海の魔物だのと戦ったのもそうだが、やはりルーチェと共に旅をしているのが大きいだろうと思う。
そう話すと、ステラはまた頭を抱えてしまった。
しばらく考えてから、
「ああーもう、勉強するだけじゃダメや! ウチも冒険者になる……金暁騎士団に入るっ! もう決めた、絶対そうする!」
さっきまで「自信ないわ」とか言っていたのと同じ人物とは思えないほど、強い言葉を使って言い放った。彼女の心に火がついているのだろう。
自分に他人の心を変える力などないことは分かっているけれど──そのきっかけになれたとするなら、悪くないとイーディスは思う。
なりたて『賢者』はテキトーな挨拶をしてから、慌てて転移魔法で姿を消した。
2021/1/26更新。