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なりたて賢者と金暁騎士団(1)

「……わかった。恩に着るよ」

「次からは負けないように、しっかり鍛えてね」

「うん。あんたみたいになりてぇけど、遠そうだなぁ」

「当たり前よ、鍛え方が違う。名前を聞いとこうかな」

「チェルシー」

「意外と可愛い名前」

「意外と、は余計だよ。あんた達は?」


魏姉妹がそれぞれ名乗る。

少年がまた何か迷って、小さく言う。

「また会えるかな」


「分かんないね」

「じゃあ、聞いてくれねぇ?」

何の利害関係もなく何の事情も知らない。そういう人間の方が話しやすいこともあるだろう。

旅程を先に進めたいところだが、乗り掛かった舟だ。イーディスは頷いて聞く姿勢をとった。


「……おれ、先生が好きなんだ。ステラ先生のことが」

「そう。見ず知らずの人間とケンカできるんだから、先生にも言えるんじゃないの?」

「きょ、今日は偶然だよっ!」

「冗談よ」


ちょっと無責任だが……関わりを持たず、これから持つかどうかわからない人間に言えることは多くない。

「好きな気持ちをずっと隠す人もいる。隠し通すことなんかできない人もいる。チェルシーはどう?」

「あんたとケンカして分かった。おれは……弱い。自信もない、言えるかどうかも分からない」

「そう。諦める?」

「いやだ」

「なら強くなりな。誰に何を言われても、たとえステラ先生に反対されても、きみは『金暁騎士団ゴールデン・ドーン』に行く。一人前になったら、気持ちを打ち明ければいい。出来ない理由はない」


できない理由はない、とチェルシー少年が繰り返す。一度、二度。

「出来ない理由はない」

「そうだ。はらは決まったか」

「……ああ!」

「よし。いいかチェルシー、事態は一刻を争う。すぐにステラ先生の所へ戻れ──きっと賛成してくれる」


そう。すぐに戻れる。

巧妙に隠しているけれど、さっきからものすごい魔力の気配がしている。

『邪眼』がもたらす衝動に抗い切れなかった生徒を心配して追ってきた彼の先生が、近くでドキドキしながら見守っているのだろう。


少年は案の定、見当違いの方向へ走って行った。


魔力の気配がさらに強くなる。

姿を現した美しい女性が、すぐに深く頭を下げた。

長く伸ばしてリボンでまとめた金髪が、美しい水の流れのように丘の草木に触れる。

「ウチの生徒がやらかしまして、すんませんっしたぁっ!」

……何というか、姿と言動に大きなギャップのある人物らしいことはわかった。


「生徒の不始末はウチの不始末、何でも──は無理やけど、ウチにできることがあれば言うてください!」

「では、お家に戻ったらチェルシー君の話をよく聞いてあげてください」


「おおきに! ありがとうございますぅ!」

もう一度頭を下げた可憐な教師に、イーディスは「ときに」と全く違う話を切り出した。

「ステラ先生、武術の方は?」


杖術じょうじゅつなら……教えられるくらいは」

「あなたの生徒にその技と、良い武具を与えてあげて欲しいのです」

イーディスは二つ目の“何でも”を要求しつつ、金貨の袋を手渡す。とりあえず百万ゴルトほど。


「いいんですか!?」

「わたしからの先行投資。受け取っていただけますか」

「助かります……ウチ、実はド貧乏ですねん。自分が高位の魔法を勉強するのに一所懸命でして」


聞けば、まだ学生の延長のようなものなのだと言う。

北大陸の西端ゼーフォルト公国の出身で、学校を卒業してすぐ南大陸にやって来たのだそうだ。

チェルシーの母に気に入られて専属の教師になったばかりだとも言った。

「道理で西方の言葉をお使いになる」

「あー、やっぱ分かりづらいですよねぇ」

「よく耳にしていました。上手く話せませんが意味は分かります」


ステラは安堵したように微笑む。


「先生、質問があります」

ルーチェが学校の生徒のように手を挙げた。

「はいな。何ですやろか?」

「チェルシー君のこと、どう思ってますか」


「……色々ツッコミどころも多い子ですけど、良い生徒さんやと思っとります。早く『邪眼』の力を上手く扱えるようにしてあげたい」

教師がことさら柔らかく笑む。

なるほど、チェルシー少年が好意を持つわけである。


ド直球な質問にも動揺を見せないところを見ると、少年の想いが届く日はまだ遠そうだ。

2021/1/26更新。

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