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ディッシュ・コラル(12)

「で……何がしたかったの」

姿を隠す魔法の一種を用いて黒い人影となって襲って来たのは、それなりに身なりの良い少年だった。

灰色の髪はボサボサで、同じ色の狼の耳も力なく垂れている。半狼族ハーフ・ウォルフだ。

魔法を解いた彼は顔を背けたまま、ふてくされた調子で訥々と答える。

「カネが欲しかった」


「それで強盗?」

「女が二人だから。簡単だと思った」


ちがうね、とイーディスは断じた。

ローゼンハイムに居た頃には、妹姫シエルの護衛任務の他に、騎士団の一員として治安維持に当たったことも何度かある。

社会からあぶれたゴロツキがほとんどだったが、中には凄腕と呼べる者も居た。

すぐに、区別がつくようになった。

ドジを踏めば捕縛され断罪されることを承知の上で盗みを生業とする者には、ある種のすごみのようなものがあった。

そういう奴らはグリセルダの口利きで冒険者になった。第一線で活躍している者も多い。


極端な話、見れば分かるのだ。

迫力が足りない、力が足りない、自力だけで生き抜こうとする覚悟が足りない。


彼は決して貧しい環境に居るわけではない。

必要に迫られて強盗を企てた訳ではない。


「ケンカはわたしの勝ちだったんだからさ。本音の一つくらい話してくれてもいいんでないかい?」

半狼族にとって、敗北は最大の恥である。


少年の左目が、迷いを反映してくるくる光る。

右目だけが堅く閉ざされている。明らかに不自然だ。


「自分で封印してるの? なかなかだね」

ルーチェが全く違う観点から少年の沈黙を崩しにかかった。

「……分かるのか、おまえ」

「うん」

「そっか。隠しててもしょうがないのか」

「そゆこと。話が通じる人で良かった」


少年が何事かを短く呟くと、右目を強引なまでに閉じていたまぶたが徐々に開いて行く。

常人なら息をむほど美しい、深緑の瞳が現れる。

『邪眼』だ。


「驚かないのな。何なんだ、お前ら」

「普通の人より慣れてるだけ」

「同じく」


「ふーん……つまんねぇの」

少年は何かを諦めたかのように、深くため息をついた。

「ばかみてぇだな、おれ。何であんなにうらやましかったんだろう」


「実際に強盗したのは?」

「これが最初。今までは度胸がなかったから、試そうとも思わなかった」

「急に思い立ったわけね。心当たりはある?」

「今朝から、お前らの様子がいきなり見え始めた。列車の駅でちょっとすれ違っただけだったのに」

すれ違ったのは『食い逃げ犯追跡ゲーム』の時だろう、と見当をつける。


「あたしと目が合わなかった?」

イーディスの冷静な尋問に、ルーチェも調子を合わせて加わった。

「いや」

「じゃあ、無意識にか……。あたし達が羨ましかったって言ったよね。何が羨ましかったかとか、分かるかな」


「伯爵さまと楽しく話をしてたのとか……見るだけでも強そうだったし、色々持ってそうだと思った。列車で派手にカネ使ってたのも見た──羨ましかった」

「ふむふむ。いつもは右目を隠してるんだよね。その時は?」

「見えてたよ。やたらとよく見えた。先生に教わった封印が役に立たなかった、何回試しても」


この少年が蛮行に走ったのは、彼のせいではないとイーディスは理解する。


『邪眼』は大いなる力とともに、激しい衝動と感情の起伏とを与える。


この少年の『邪眼』は、目覚め始めたばかりなのだろう。感情や衝動に実力が追いついていない。

シエルには最初から、その両方があった。義妹は衝動を昇華する方法を早くから見出す事が出来た。

ルーチェは自らの力を懸命に制御せんとしている。力の使い方を覚え始めたことは、確実に彼女の助けになっている。


『邪眼』に封印を施した彼の師の判断が間違っていたなどとは口が裂けても言えないが、彼は実際のところ衝動に負けて強盗に走ってしまった。

「……捕まるんだよな、おれ」

強気な態度はどこへやら、しょげ返る少年に同情した訳ではない。

ではないが、ルーチェも頷いていることだ。

イーディスは個人的な断罪や私刑でなく、いつも通りに提案してみることにした。


「態度次第かな、実害はなかったし。反省してる?」

「うん。先生に申し訳が立たねぇ」

「お金はある?」

「両親に頼めば」

「先生って人にも相談して欲しいけど、『金暁騎士団ゴールデン・ドーン』に入ってみたらどうかな」

「おれが?」

「そう。最初は『騎士団』の人達にも先生になってもらうの。しっかり訓練して、実力がついたら試験を受ける」

「できるかな」

「できる。他人の物を盗んだり、奪い続けたらただの強盗かゴロツキ。でも冒険者になれば『盗賊』の職業ジョブがもらえる。この差は小さくない」

2021/1/25更新。

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