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ディッシュ・コラル(9)

蒼い異空間に銃声が響く。

なぜ弱気になっているのかと、無邪気な問いかけをするかのように。


岩陰に隠れて小休止し、腕や脚の傷跡を確かめてみる。

銀の弾丸はすべて見事に肉体を撃ち貫いていて、異常な熱感や違和感すら感じない。

標的の身体の中に弾丸を残さない技術とかいうのが、もしかしたら伯爵家には伝わっているのかも知れない。


「決闘や模擬戦に専用の、相手の身体を痛めつけすぎない銃と弾丸を、祖母が研究開発しましたの。出来る限り楽しく戦いたいじゃありませんか、ねえ?」

「……伯爵はわたしの考えが読めるのですか」

「何十人と同じように手合せさせて頂きましたので、そろそろ疑問をお持ちになる頃かと思いましたの」

「そ、そうでしたか」


ってゆーか話しながら普通に撃ってくんのやめてくんないかな~、と思いつつもおくびにも出さず、弾丸が岩に当たって弾ける音を聞く。

状況は全く好転していない。隙を衝いてクロスボウを撃つが、余裕を持って撃ち落とされたりなんかしてしまうのである。


状況はちっとも好転の兆しを見せない。

一対一の勝負だ。

義妹の助けを借りることはできない、義姉達を呼ぶことはもっとできない。


競技用だという拳銃とクロスボウで応酬を続けながら、イーディスの頭の中には、養父の厳しい声が響いている。


なぜ弱気になる? ──負けそうだからだ。

負けるのが嫌か? ──いやだ。


ならば、なぜ負けた? 将来と……義妹の心をを賭けた戦いに!

──それは今、関係ないでしょう。繊細な話を持ち出さないでいただきたいですね。いい加減うるせえぞヅラ養父おやじぃっ!


岩陰から飛び出す。

銃撃に構わず前進し、力強く走って距離を詰める。

ローゼンハイム公国第七公女から賜り物のナイフで接近戦を挑んだ。


伯爵はますます笑みを深くして銃を操り、自らに迫って切れ味を見せつけようとするナイフを器用に捌く。同時に至近距離から銃撃することも忘れない。


一方のイーディスも両手のナイフを駆使して素早く立ち回る。

互いの隙を縫うような、静かで繊細で激しい攻防。


距離を取るかと思われた伯爵はまったくその気配を見せず、ケンカのような格闘戦を楽しんでいらっしゃるようだ。

華奢な見かけとは全く違い、凄まじい体力である。


もと姫騎士は決して怯むことなく前に進み続ける。もはやそれしか頭にない。

至近距離で発砲された弾丸が、肩を、腕を、頬をかすめる。黒髪が数本、風に散る。


一転して追い込まれる側に回らざるを得なかった伯爵が、もう後がない事に気づく。後ろは岩壁──女傑も前に出ることを選んだ。


銃弾の火線かせんとナイフの軌跡が美しく乱れ咲き、やがて二人の身体が交錯した。

イーディスは鋭いナイフの切っ先を、伯爵は熱い銃口を。

互いの眼前に突きつける。


カメラに収めて格好良さげなタイトルをつければ売れるのではないかというような、美しい戦いの終結。


「そこまでっ!」

二人の女傑の激しい決闘を声の一つも挟まずに見続けたルーチェが、ようやく鋭い声を上げた。

女伯爵が頬を緩めて銃を降ろし、イーディスも構えを解く。

「んもー、ぜったい決着つかないって!」

広い決闘場をつかつかと歩きながら、小さな姫君はおかんむりだ。

そりゃそうである。


イーディスは伯爵の胸を切り裂くわけには行かないし、伯爵もイーディスの脳天を撃ち抜くわけにはいかない。

これは飽くまでも、楽しい決闘でなければならないのだ。

憤然と両手を腰に当て、義姉と女伯爵を見つめる。「二人とも途中から分かってたでしょっ!?」


分かってなかった、と言えば嘘になる。


「なんかその……すんませんでした」

「私もやめ時がわからなくて……いいところで止めて頂きましたわ」

わずかな時間差で、無邪気な戦士達が頭を下げた。


「いい加減にしとかないと黒龍とかんじゃうんだかんねもう……ま、いい試合を見せては貰ったけど?」

ルーチェは怒ってるんだか笑ってるんだか分からない顔で、不機嫌を装って言い募る。

武器を仕舞しまった彼女だけの近衛騎士に丁重に抱きかかえられて、ようやく機嫌を直す。


姫君はお腹がすいているのだった。

2021/1/21更新。

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