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ディッシュ・コラル(8)

「婦人が直々に狩りを?」

「ええ……。我が家は女性が当主を継ぎ戦いを担います。初代が女傑でしてね」

「は、はぁ……」


困惑しているイーディスの様子を見てか、フリカデレ()()が微笑む。

自らのうちにも戦士の本能と衝動が宿っているのだと主張するかのように、挑発的に。

「つかぬことを伺いますが、体調は万全であられましょうか」

「お気遣いありがとうございます。手合せに差し支えありませんわ。お受けいただけましたら、当家が自慢の肉料理をごちそういたします」


肉料理と聞いて、ルーチェが反応しない筈はなかった。

憧れやら信用やら依頼やら、少しの圧力やらが全部一緒くたに込められた視線で、懸命にイーディスを見上げる。

こうなると、面倒臭がりな義姉も動かざるを得ない。


「弓でお相手しましょうか。格闘戦がお好みでしょうか?」

「どちらでも…、お好きな方で…。結構です、わ」

伯爵の碧眼がしっとりと潤み、声もわずかだが震えている。

ああ、やばい──イーディスは乾いた笑いを浮かべた。


この人、完全に射撃中毒トリガーハッピーだ。


グリューンエヴェネン公国騎士団には、わずかだが拳銃や狙撃銃を扱う『銃士』兵科がある。

演習を行ったことがあるが、射撃の腕前もさらに修練を積もうとする心がけも立派なものだった。

技術を誇り銃器を愛好するにおいても、大陸で右に出る者はなかっただろう。

彼らは揃って『自分らみたいなのを射撃中毒トリガーハッピーと言うのでしょうなァ』と高笑いしていた。


直々に獲物と戦うと仰るからには、この女伯爵カウントネスも当然、食材になってくれる動物たちへの敬意や愛情をお持ちのはずである。

自ら扱う武器を愛好し、技術を誇っておられるだろう。そうでなければならない。

いざ戦いになるとそんな気高い理念だのがあっという間に吹っ飛んでしまうのも、イーディスはよーく知っている。


「わかりました……試合はどちらにて?」

「こちらです」

案内されたのは、大きな暖炉のある豪華な居間だった。

伯爵が暖炉の前に立って短く何事かを呟くと、あら不思議。

イーディス達はみるみるうちに、火の灯っていない暖炉へと吸い込まれてしまった!


──。

暖炉の中は、美しく輝く青色の岩壁に覆われた、広い洞窟に繋がっていた。

「私が遠慮なく銃の練習をできるようにと、夫が作ってくれた特別な空間です。さあイーディス殿、私と遊びましょう」


女伯爵が指を音高く鳴らす。

深窓の令嬢といった印象を強く持つ装いから一転、軍隊仕様らしい灰色のジャケットに太腿の辺りまで大胆なスリットが入った同色のロングスカートというで立ちだ。

「おや。イーディス殿と似た格好になってしまいましたね」


「戦闘服に個性を求めるのは難しいのではなかろうかと……正直よく分かりませんけれども」

かく言うイーディスと来たら、半龍人の魔導師ソフィアから貰った萌黄色のワンピースはいつからかしまいっぱなし。

客船で『爽海亭』の数人が手売りしていた動きやすい戦闘用ジャケットとスカートが、すっかり出ずっぱりである。


「良いご意見を頂きましたね。私がおしゃれな戦闘服をデザインして、『グラシェ・デパート』に持ち込んでみるとしましょう」

「提案料として手加減して頂くわけには?」

「うふふ……だーめ、ですわ!」


どうやら口数が多いらしい女伯爵が、話す間に銃に込めた弾を連射する。

素早い銃口のわずかな動きを正確に読み取って、イーディスは回避に専念して機会をうかがう。

連射が止まった隙に、これも『爽海亭』から買った軽量型のクロスボウで反撃の矢を撃ち込んだ。

女伯爵は楽しそうに身をかわし、避けきれない矢をナイフで叩き落とす。


その細い指が引き金を強く引くたびに、銃弾が銀の閃光のごとく姫騎士に迫る。

「よく弾くこと! 見切ってるとか言わないですよね?」

「だって当たったら痛そう!」

銃弾のことごとくを魔剣で弾き飛ばし、何とか距離を詰めようと試みる。


「あは、あははは……楽しいっ、やっぱり楽しいわっ!」

女伯爵はのびやかに動き回り、決して距離を詰めさせない。

思わぬ角度から襲い来る跳弾や二丁拳銃による激しい乱射をさすがに防げず、イーディスは痛手を食うばかりだ。

かといって大弓を引く隙を、伯爵が与えてくれるわけもなく──いつも優位に戦いを進められる保証なんか、どこにもありゃしない。


だいたい、俊敏で獰猛な相手にはちょっとしたトラウマがあるんである。

2021/1/20更新。

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