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ディッシュ・コラル(7)

イーディスは車掌の許しを得て、他の車両で列車の旅を楽しんでいる客たちの数人とわずかながら言葉を交わし、話を聞く事が出来た。

観光ガイドに載っていないような情報を得たかったからで、その意図は当たった。


車内で一泊した後、朝一番に到着する『フリカデレ伯爵領』入り口の駅で降車すれば、古式にのっとった美しい花園を見学し、珍しくておいしい食事もごちそうになることができるらしい。

食事がおいしいならガイド本に載っていそうなものだが、どうやら編集長が個人的に秘密にしておきたい場所であるらしい。

取材帰りの若い記者が「おもしろい捕物ゲームでしたよ」と言ってこっそり教えてくれたのだ。


他にも鉄道沿線の甘味処が立ち並ぶ小さな町や浅い洞窟など、寄り道にちょうどいい場所の情報を幾つか得る事が出来た。

座席に戻る頃には日が完全に暮れていたので、軽めの夕食を買い食いした後は、座席を倒して簡易ベッドにし、早めに眠ってしまうことにした。

「なんだか、全部がわたしの望んだとおりに行ってるみたい」

最近はイーディスにとって楽しい事ばかりだ。それはいいことだと思うのだけれど……。

「怖いの?」

「ちょっとだけね。幸運を使い切っちゃいそう」

「良いこと全部受け取って、全部楽しんじゃおう」

「うん。おやすみ、ルーチェ」


列車の揺れと満腹感が、すぐに眠気を引き起こした。

魔物に対する結界が路線一帯に張り巡らされていて、夜のうちに襲撃されることもなかった。

義姉妹はふかふかの掛け布にくるまってぐっすりと眠り、翌朝一番に到着した駅で途中下車した。


もと姫騎士の朝は(起きられればだが)わりと早い。

しっかり目覚めたが眠たそうに眼をこすっている義妹を片手で抱き上げ、片手に荷物を持って小さな駅舎を後にする。


「お姉ちゃんって器用だよね……」

「両利きですわよ」

「二刀流とかもできるの?」

「今度、見せるね」


ルーチェは二刀流の武人が鍛錬する様を見たことがあるそうだ。

義妹の尊敬の視線が心地よい。


イーディスは気分よく朝日の中を西へと歩き、やがて周囲をぐるりと柵で囲った、広大な庭のある邸宅にたどり着いた。

『フリカデレ伯爵領』の看板を確かめる。領地と言っても小さなもので、簡素な説明書きによれば邸宅と庭だけだそう。

広い領地とかたくさんの部下なんて持ってない方が楽なんだろうな、と養父の多忙な様子を見るたびに思っていたものだ。

恐らく何代目かのフリカデレ伯爵も、あたりの土地を売り払ってしまったのだろうと勝手に推測してみる。

我ながらよく騎士団長になろうと思ってたもんだわ──もと姫騎士は内心でため息をつく。


柵の外から美しい庭を眺めていると、白亜の邸宅の窓が大きく開いた。家人が起き出して来たのだろう。

柵の中央を立派に飾りながらも固く閉ざされていた鉄製の門扉が自動的に開き、早朝の客を迎えてくれる。

一日のうちでも花開く時間が異なるのか、小さな庭園の花々は眠っていたり既に咲き誇っていたりと様々だ。

美しさの片鱗を確かに見せる花園に作られた緩やかな道を進み、邸宅へ。


「お待ちしておりました」

列車の車掌から連絡が回っていたようで、おしゃれな格好をした家主が笑顔で出迎えてくれた。

ルーチェのお気に入りとよく似た形の、白いワンピース姿だ。

細くて白い左手の薬指には控えめな色とデザインの指輪が光っている。

目鼻立ちが整っていたり、短めにまとめた金髪が非常に美しく整えられているのはもちろん。

繊細な手指がわずかに変形して見えることが、イーディスには気になって仕方がなかった。

「何か武器をお使いですね」


「……あ、分かりますか。イーディス様は相当な武人だとお聞きしてますが」

「ちょっと推理してみても?」

「どうぞ」

フリカデレ婦人が右手を差し出す。

細長い人差し指が、確かに曲がっている。集中的にしかも普段から、かなりの負担をかけているはずだ。

「──拳銃。異世界産じゃなくて、こっちの世界で作った品物」


婦人は一瞬、目を丸くした。

すぐにニッコリと微笑んで、小さく手を叩く。

「大正解です。狩りに使っています」

2021/1/20更新。

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