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ディッシュ・コラル(6)

ところで、である。


ここは南方の大陸・美食の都“ディッシュ・コラル”だ。

大陸の中央部までは鉄道で五日ほど。

地図によれば、イーディス達が乗車している蒸気列車『クリーム・パフ号』は大陸北端の港町を出発点としてひたすら南下し、最短距離で目的地を目指すルートを辿ることになっている。


観光ガイド本で何度も確認した通り──向かうべきは大陸中央部のどでかいデパートメントで、最終目的地はそこから更に南西の諸島部だ。

それは分かっている、ルーチェと二人で決めたことでもある。


でもイーディスはこの大陸の様子がどうしても気になって、途中の地点に立ち寄ることは出来ないのかと車掌に尋ねてみた。

秋の夕暮れがやたらと良く似合う初老の車掌は暫く考え、乗車券の種類にもよると返答した。

確認してもらうと、期限内ならばどの駅で降りてもよく、どこからでも再び乗車できるチケットだったようだ。

こちらが鉄道に疎いことを察してくれたわけでもないのだろうが、港町の駅員が気を利かせてくれていたようである。


「寄り道?」

車掌との短いやりとりを聞いていたルーチェが尋ねて来る。

「だめ?」

「まっすぐ目的地に行くだけじゃ、物足りない気がしてたの。さすがイーディスお姉ちゃんは話が分かってるねぇ」

「こちらこそ、柔軟な対応をして頂きまして……」


言い訳をすれば、イーディスはこれまでは誰かにわがままを言ったり、を通そうとすることさえ少なかった。そうする必要に迫られてこなかったのだ。

他人と相談するのにも慣れていないので、魏姉妹だと誓った少女に自分の意見を伝えただけでも冷や汗ものである。


「あたしは、ぶっちゃけお姉ちゃんと一緒ならどこに行ってもいいと思ってるから。そんなに恐縮することないって」

ルーチェは事もないといった調子で、柔らかく微笑んで言う。

『楽団おじさん』から買った異世界のスナック菓子を食べながらでなければ、もう少し格好もついたかもしれなかった。


「……ねえ」

「ん?」

「どうなったかな、あたしの依頼」


「気になる?」

「うん。『ちょっとだけ脅かす作戦』の顛末てんまつとかを聞いちゃえば、もう気にならないと思うんだ。もう少しなんだ……」


「どうして、気にしちゃいけないと思うの?」

「だって……いつまでもあの二人のこと引きずってるもん。お姉ちゃんと一緒に居られるのに。出来るならずっと、これからのこととか……お姉ちゃんのこと、考えてたいのに」


「そんなに上手く切り替えられるもんじゃないと思うよ、ルーチェ。それを言ったらわたしなんて、知識とか経験はほとんどお義姉様がたから習ったことだし──人を好きになる気持ちが分かるのはシエルのおかげだしさ。少しでも関わった人のことを全部忘れて少しも気にしなくなるなんて、そんなの無理だよ」


「そう、なのかな……」

「ガズとデボリエを許してあげるんだって、自分で決めたんでしょう?」

「うん」

「恨んだり、憎いと思う事だけを忘れてしまえばいい。もう一度会ったなら、ルーチェの一番の笑顔を見せてあげなさいな。今は幸せだよって。そしたらあいつら、きっとすごく悔しがるよ」


「あたしを手元に置いておけばよかった、って?」

「そう。“ああーあの子に幸せな顔をさせるのがどうして自分達じゃあないのか!?”ってね」


幼い頃に両親から育児放棄された十一番目のハイネリルク義姉様は今でも少食でとても華奢きゃしゃだが、公王妃に引き取られてからは公王家十六姉妹の誰よりも、お姫様としての人生を楽しんでいらっしゃるはずだ。

子どもをもうけることが難しいと診断されているので、結婚する義務も王位継承権もない。

年上の姉様方や王宮の優れた家庭教師陣から教えを受けたり、ライフワークである植物の研究をなさったかと思えば、年少のニティカたちと一緒になって遊んだりしていたのだ。


今が最高に幸せなのだと言う言葉が、はじけるような笑顔とともに、イーディスの印象にも深く刻まれている。


「……そっか。そうなんだ。ハイネ様は、強いひとなんだね」

ルーチェはスナック菓子を食べる手を止め、義姉の話に聞き入っていた。

「うん。なんたって、わたしの自慢のお義姉様だからね」


あたしもハイネ様みたいになれるかな、という義妹の小さなつぶやきに、イーディスは大きく頷いた。

2021/1/18更新。

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