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ディッシュ・コラル(5)

話を聞き終えたルーチェは、真剣な顔を崩さずに言う。

「なんとかなるかも……うん、きっと『カンパニー』のみんなが、またスキルを活かせるようになる」


『ひとり楽団おじさん(仮)』が興味深そうに、穏やかに少女の真意を問い返す。

実力を活かしたくてもそう出来ないと思った人々が、彼のもとに集まっているのだ。

スキルをもう一度輝かせることができるかも知れないと聞けば、強く興味を引かれるのが当然というものである。

ルーチェは逆に、大陸のどこでもいいから使われていない土地はないかと尋ねた。


事業に大失敗して夜逃げした貴族の別荘地が手つかずで残っている、とガトゥが言う。大陸のさらに南の海に広がる、イーディス達の最終目的地である『スタークラッカー諸島』の一部だと。

「その島、どうにかして買えないかなー」

「マジ? ほぼ未開の島なのに、確か五千万ゴルトくらいするよ。不動産屋がぼったくってんのか、何か秘密があるのかまでは知らないけどさ」


イーディスは何も言わず、頭の中で算盤を弾いた。

自分の為に使う予算の残金・七百万ゴルトとルーチェのために使う一千万ゴルトは、これからの買い物や何やらで吹っ飛ぶだろう。

何なら本当に全額使い切ってしまうつもりでデパートに向かっている。


その上で、更に島をまるごと買い取ろうと言うのだ。

予算をオーバーする分は、自ら働いて稼ぐ必要がある。

皆が褒めてくれる以上は(気恥ずかしくはあるけれども)傭兵や冒険者としての実力になら、自分でも自信を持ってよいはずだ。


稼げる自信はある、とイーディスも告げてみる。

だが、自称おじさんが訝るのもわかる。

果たして冒険者稼業だけで五千万ゴルトを稼ぎ出せるのだろうか?


「今の地主と話し合ってみる余地はあると思いますよ。幸いにも昔の友達ですから、私が話をつけておきましょう」

『楽団おじさん』が控えめに言うと、ルーチェは「ぜひ!」と目を輝かせた。

「でも、大丈夫ですか? それだけの高値なのは、地主さんにとっても必要な土地なんじゃあ……」

「渡すべき人物に渡すための値段だと聞いています。ルーチェさんはどうぞご心配なく──滅多にない機会ですから、おじさんにも良い格好させてください」


普段はこんなこと言う人じゃないよ、とガトゥが楽団おじさんを援護する。

「よっぽど自信があるんだと思う。ここは団長に任せてみてくれないかな?」


「わかりました……団長さんにお任せします。無茶を言ってしまって、すみませんでした」

ルーチェは立ち上がると、丁寧に頭を下げた。

義姉たるイーディスも追従する。


腰が低くて人の好いおじさんは逆に恐縮してしまい、「大したことではありませんよ!」と慌てながら言った。

この話は一旦置いておきましょうなどと供述して、帽子の中から冷凍した果物を取り出す。

「さっ、さ、産地直送ですよっ!?」

「あんたが慌ててどうすんですか。落ち着いて、団長」

「……うう、他人様から頼られるのが久しぶりでして。すみません、ガトゥ」


もしや……とイーディスは思う。

この男、かなり鈍感なタイプらしい。

ガトゥの態度が明らかに異なっているのに、全く気が付いていない。

彼女は団長に対する強い敬意や篤い思慕をどうにか隠しながら、彼と同じ仕事にまい進している。


いつ言うの、という言葉を視線に込めて、半猫族を見つめる。

ガトゥは『ぜったい今じゃないでしょう!』と言わんばかりに音もなく両手を真っ赤な顔の前で振った。

思案顔の自称おじさんは案の定、気づきもしない。


自分ならすぐに愛情を告げてしまいそうなところだが、とイーディスは思う。

怒りも愛情も、もちろん他の感情も、表現しないと気が済まない。いわゆる沸点が低いのだろうか。

……まあ、人間関係を進めるも進めないも、その人が決めるべきことだ。

お節介を焼くのも嫌いではないけれど、ここはいつも通り何も口を出さず、静かにしているべきだと内心で結論を見出す。


申し出て鈍感な劇団長から受け取った冷凍リンゴは、しゃりしゃりとして大変に美味であった。

2021/1/16更新。

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