ディッシュ・コラル(4)
『ガーヴィッジ・カンパニー』の二人はその後も客車を回って歌や手品を披露し、皆を楽しませた。
決して名乗ろうとしない『自称おじさん』だが、携帯型のハープやハーモニカを使いこなし、明るくてどこか哀愁の漂う音楽を奏でる姿は見事なものである。
あまりに歌声が心地よくてイーディス達が眠りこけそうになったことは、本人たちの為にも秘密にしておこう。
──南の大陸の秋を突っ切って、可愛らしい形の列車がひた走る。
通路を挟んだ席で休憩する二人の話を聞きたくて、イーディス達は許しを得て彼らの隣に腰かけた。
根掘り葉掘り彼らの事情を聞くでもなく、他愛ない話に興じる。
穏やかな日差しと心地よい風、波風の立たぬゆっくりとした会話。
派手さや刺激はないけれども、これも列車の旅の楽しみの一つだ。
特に半猫族のガトゥはものすごいお喋りで(種族的なものだとは本人の弁)、尋ねたことから尋ねていない事までたくさんの話をしてくれた。
彼女が冒険者を辞めるに至った事情も、本人が脚色を加えているとしても十二分に興味深い内容であった。
“スキル・コレクター”を名乗る謎の人物と、自らが持ち磨き上げたスキルを賭けて勝負をし、無事に惨敗したのだと言う。
ガトゥのスキルとは、『一日のうち一定時間だけ、凄まじい戦闘能力を発揮できる』というトリッキーなものだった。
一日に三時間だけならば、彼女は無敵の戦士であり優れた魔導師であることができたのだ。
“スキル・コレクター”とやらはガトゥのスキルをまるごと奪わず、能力を大幅に減ずるだけにとどめた。
「まぁアレよ、そいつの温情だよね。五分だけなら今でも本気で戦えるんだよな、あたし」
「では、なぜゲーム中に本気を出さなかったのですか」
「イーディスさんが“迅い”からだよ。あんた一体何者よ。モグリの冒険者なの?」
“迅い”。
これは半猫族が使う、最高の褒め言葉である。
勝負事で勝ちを譲った相手を褒め称えるための特別な語句であり、普段の“速い”という言葉と区別するため、非常に強く強調して発音される。
文章を書く時にカギカッコをつけるみたく、少し間を開けるのが敬意を伝えるコツなのだと、騎士団の知人が言っていた。
「冒険者登録をしていないのは当たっていますけど……わたしの場合は単に身体を限界まで鍛え上げた経験があるだけでして」
「ふむふむ。そんだけの力があれば、他人を打ち負かしたり自分が好き放題する事ばっかり考えるようになるもんだけど──イーディスさんはそうでもないみたいだ」
ガトゥはにっこりと微笑んで、円形の帽子(異世界の軍帽らしい)をルーチェの頭に乗せた。
「うん、やっぱり似合うね。捕まえられたらどっちかに渡そうと思ってたんだ」
軍帽の下から現れた可愛らしい猫の耳をぴょこりと動かして、ガトゥは嬉しそうだ。
先ほどから夢中で考えごとをしていたルーチェがようやく気付いて、丁寧に御礼を述べた。
「ははっ、いいよいいよ。使い古しで申し訳ないけど、たぶん役に立つと思うからさ」
「うん……ありがとう。あのね、あたしずっと考えてたんだけどね」
半猫族はルーチェの言葉に興味深そうな表情を浮かべて、椅子から身を乗り出す。
「ガトゥさんは、五分だけ戦えるんだよね? 他の人達はどうなのかなと思ってて」
「他の連中? んーとねぇ……」
ガトゥは暫く考えて、『ひとり楽団おじさん(仮)』に助けを求めた。
黒服の青年は、団員のことくらい覚えておきなさいよと苦笑しながらも、彼女に助け舟を出す。
いわく、鋼鉄すら叩き壊せる腕力がありながら身体がもたず、その力の為に四肢が砕けてしまった格闘家。
物品の真贋を正確に見極める瞳を売り払った商人、たちの悪い罠に落ちて両足を喪った盗賊。
魔法をほぼ忘れてしまったエルフの賢者。親友の腕を誤って叩いてしまい、槌を振るえなくなったドワーフ。
自らの胃酸で喉が焼ける病で、動物や魔物を操るための口笛を吹けなくなってしまった魔物遣いなどなど。
優れたスキルを持ちながらそれを活かせない者が、劇団に籍を置いていると言う。
2021/1/16更新。
2021/1/28更新。