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ディッシュ・コラル(3)

「うぅ……そりゃ、そうだけどよぅ……」

「そこまでする勇気がなかったと。バイトすれば自分で償える額だし、まあよかったんじゃない?」

「役所に行くのか?」

「行かないよめんどくさい」


イーディスは財布を取り出すと、金貨を十枚、少女の小さな手に握らせた。

「おい、こんなに……!」

「いいから。店への迷惑料込みで、わたしがおごったげるって言ってんの。次の駅で降りて逃げてきたお店まで戻りなさい」

「う、うん……」


有無を言わせないイーディスの口調に、半猫族は恐縮したように頷いた。

もと姫騎士は少女の頭を帽子の上からぽんと軽く叩き、空いている椅子(一両目は自由席)に座らせてからルーチェと合流した。


「あの人、捕まえておかないの?」

「大丈夫でしょ」

「逃げだしたら地の果てまで追っかければいいもんね」

「うん。さぁ、列車の旅を楽しもうじゃないですか、ルーチェさん」

「はーい」


改めて旅券に指定の二号車へ向かい、対面して座れる広い座席に腰かける。

先ほどの追跡劇の途中で車内販売員とすれ違ったので、窓の景色を眺めつつ楽しみに待つ。

暫く待っていると、ようやく係員がワゴンを押してやって来た。

セモリナ平原の小麦粉を使ったクッキーやパン、その平原よりはるか北のギムレット山脈から流れ込む大河・ビオラ河流域の豊かな農耕地帯で栽培される様々な品種の葡萄ぶどうを絞ったジュースなどを買い求める。


会計をしながら、係員の青年が話しかけてきた。

「先ほどの捕物を拝見しておりました。お客様は実に見事な腕前をお持ちのご様子」

「ええ、まぁ……」

「お楽しみいただけましたでしょうか」

「はい? え、えぇ……楽しかった、ですよ」


青年は快活に破顔すると、金属製のハンド・ベルを振り鳴らした。

一号車でおとなしく座っているはずの半猫族の少女が転移テレポートして現れる。

一体どうなっているのやら推測することすらできずに、イーディスはルーチェと顔を見合わせるしかない。


青年が小さく咳払いをした。

「私どもはこのあたりを拠点にディッシュ・コラルを周遊する劇団でありまして──鉄道会社様からのご依頼で、こちらの列車の車内にて不定期にゲームを開催しております」


「げ、ゲームですか?」

「はい。私どもは普段から様々な趣向を凝らしてお客様にご満足いただける内容を目指しておりますが、今回は“乗車してすぐにできるゲームはないのか”と半ば挑戦のようなリクエストを頂きまして」


水を流すかのようになめらかな口調で、青年は説明を展開する。

「ならばということで、駅近くに架空の食事処を構え、他のお客さまにもご協力いただいて、『食い逃げ犯追跡ゲーム』を行った次第でございます。このたびは素晴らしい腕前をお持ちの方にご参加いただきまして、私どもとしても幸いでございました」


道理で逃げる少女をスムーズに追いかけられたわけだ。

細心の注意を払って走ってはいたが、それにしたってただの一度も、イーディスは他の客たちとぶつからなかったのだ。


「ただの劇団じゃなさそう。お兄さんたち、本当は何者?」

「おっと……これは手厳しいご質問です。あ、ちなみに私は“お兄さん”ではなくて“おじさん”です」

ルーチェの指摘は全然手厳しくないが、劇団長らしき自称おじさんは大きく反応し、周囲をまた少し笑わせた。


「あたし達、みんな何かの事情でダメんなっちゃった冒険者なんだ」

円形の帽子を取り去った半猫族の少女が、照れ臭そうに言う。

「満足に戦ったり、楽しく探索したりすることは、もうできない──でも日常に戻って暮らすには、あたし達には力があり余ってる。だから派手なお芝居とかゲームができる劇団を作ろうって話になったんだ」


少女がイーディスに近づき、「これはお返ししますね」と若干ていねいに言いつつ、持っていた十万ゴルトを渡す。

「あなた方の、劇団の名前は?」

「『ガーヴィッジ・カンパニー』と申します。以後、お見知り置きいただけますと幸い」

自称『クズ結社』の二人がそろって一礼するのを、イーディスは苦笑して見る。


おそらくだが、半猫族の少女は五分ほどなら現役の頃の身ごなしをせられるはずだ。

自称おじさんも、どんな魔力を隠しているやら知れない。


出来ていたことができないというのは、誰にとっても悲しく厳しい現実だ。

彼らはそれを、『遊び』の力で乗り越えようと言うのである。

2021/1/15更新。

2021/1/16更新。

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