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港町にて(2)

戸惑いぎみのルーチェをニコニコ笑顔で見守る義姉に、変わった観光地はないかと尋ねてみた。

豪華客船に同情したダンケルクが言うには“ディッシュ・コラル”は不思議な地で、多い時には月に一度の間隔で、新たな土地が発見されるのだとか。

彼が譲ってくれた五年ほど前の地図は「もう役に立たんかもしれんが」とのことだった。


貴族が好む遊びは客船の中で存分に試したから、今度はお買い物と言うのをしてみたいと言い添える。

誰かから譲られた物品を大切に扱ってきたイーディスは、それで充分に満たされていた。

出先でも姉妹や家族へのお土産を買い求めるのが常だった。


それは、物事にあまり関心を持っていなかったということと同じなのかもしれない。


「そうだねぇ、だったら……ここだな」

グリセルダは地図上で、大陸のど真ん中を指し示した。

「馬鹿でかいデパートメントと遊園地ができてる。元々は百年続く道具屋だったんだけど、店主が替わってからあっという間に大陸でも指折りの店になっちまってね」


「店主がとんでもないお金持ちで、他の店を次々に買収したとか?」

イーディスは思い当たった理由を口にしてみるが、グリセルダは人差し指を顔の前に立てて「行ってからのお楽しみさ」と言うだけだった。


彼女が『お楽しみ』と言ったことについて、義姉はそれ以上を決して語らない。

ここで話題を変えて、ヴィントブルクのカール陛下をどう思っているのか尋ねたりしても、きっと同じ反応だろうとイーディスは思う。

一番近くで過ごして来たわけではないけれど、グリセルダの人となりは良く知っているつもりだった。

他人の話を聞く時に自分の意見を一切挟まないクセも、四つ年上の彼女に憧れて真似ているうちに身についたものだ。


「買い物で思い出したんだがね……イーディス」

「はい、何でしょう」

「偶然なんだけどさ、いい剣が手に入ったんだ。買わねぇかなーと思ってね」

グリセルダは何故か少し照れ臭そうにしながら、荷物入れをごそごそと探った。

あったあったと喜んで取り出したのは、とても美しいこしらえの剣だった。


その鞘に触れた。純白に輝く鞘は氷のように冷たい。

許しを得てゆっくりと鞘走さやばしらせると、鋭くも繊細きわまる造りの刀身が現れる。

ルーチェが息を吞んだ。

高い魔力を持つ彼女には、きっと高く澄んだ音が聞こえているのだろう。

使用者の魔力と武具が持つ魔力が響き合う共鳴音が。


剣を丁寧に鞘に納めながら、偶然手に入ったなんて嘘なんだな、とイーディスは直感する。、


何も気づいていないふりをして尋ねれば、我慢できずにひと晩じゅうでも解説してくれるはずだ。

この剣は……魔族の技術で作られたに違いない。

しかも、作り手は恐らくグリセルダ自身だ。


いわく、アイゼンシルトにそびえる険しい山脈の奥地。

いわく、ゼーフォルト領より遥か西の孤島。

今や大多数を人間が支配するこの世界にも、確かに魔族が息づいている。

アイゼンシルト公国を治めているのが吸血鬼の王だから、まあ当然と言えば当然ではあるのだけれども。


「すばらしい剣です、お義姉様。買わせていただけるのでしたら是非にそうしたい。一体いかほどのお値段でしょう」

「そうだねぇ……とりあえず百万ゴルトってとこかな。悪いけど私も金欠でね」


コルティ義姉様からのお小遣い──手にしたこともない巨額のお金。

その五分の一の額に留めると決めてはいるものの、自分の為に具体的にどうやって使っていいのかが、これまで無欲に過ごして来たイーディスには未だに分からない。

不器用で愛情深い義姉は、そんな義妹の密かな悩みを敏く読み取ってくださったのだ。


本来はこの魔法の剣を、国を追放されたのを機に、餞別せんべつとして渡してくれるつもりだったのだろう。

イーディスがコルティ義姉様から多額のお小遣いを頂くことをどうにかして小耳に挟み、お金の使い道の一つとして残すことにしたのだ。


義妹達を可愛がってくれていた彼女らしい、だけどやっぱり器用とは言えない気づかいであった。

2021/1/13更新。

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