到着!
ようやく、と言うべきか、早くも、と言い表すべきか。
客船は、南方大陸“ディッシュ・コラル”北端の港へとたどり着いた。
旅程をこなす間に負った軽微な損傷を回復させるべく港に留まる船から、客たちが次々と降りてゆく。
新しく館を構えることのできる土地を探すというダンケルク夫妻や、港町の民宿に世話になりながら海釣りを楽しむヤサブロー、どこかの有人島で思い切りバカンスするのだというケイト婦人と別れて、イーディスとルーチェも港町へ歩き出す。
「一緒に居ていいの?」
鎧の魔物をもとの大きさに戻した人形を左手に持ち、右手をしっかりイーディスと繋いだままのルーチェが、少し不安そうに言った。
「わたしは傍に誰かがいてくれないとダメっぽいって言ったでしょう、ルーチェ」
「うん……あたしで、いいのかな」
「わたしは、あなたがいい。だめ?」
「ううん……一緒がいい」
「じゃあ、決まりっ」
港町には様々な種族の人々が行き交い、商売人が客を呼ぶ声や子供達のはしゃぐ声があちこちで上がる。
何かの拍子にはぐれてしまったらいけないからと、もっともらしく理由をつけて、イーディスはまた義妹を軽く抱え上げた。
「あんまり照れないようにしなくちゃだね……、あたし」
「もっと一緒に居れば、慣れると思うよ」
「うん」
イーディスはあたりを見回して、手近な食事処に入った。
“ディッシュ・コラル”は、大陸全土がいわゆる『美食の都』だ。
客でごった返す店内にようやく席を二つ見つけ、座る。
すぐにすっ飛んできた店員におすすめの品を頼み、まずは炭酸水で喉を潤した。
ダンケルクから譲り受けた地図を広げて大陸の地理を確認したり、どこへ行ってみたいかを義妹と話し合ううちに、食事処が最も推しているらしいメニューが卓に届けられた。
目の前の港で水揚げされた魚類が、円錐をひっくり返して底を円形に整えたような独特な器に、目一杯盛りつけられている。
「これ、何て言う料理なんだろう」
「わたしも見たことないなぁ」
メニュー表をしっかり見ておくべきだったかと少しばかり悔いつつ美しい料理を眺めていると、横のテーブルから声がかかった。
「そいつは『海鮮丼』って言うんだよ」
いかにもやんちゃでお転婆な口調の似合う、明朗そのものと言った感じの若い女性だ。
テキトーな形に結んだ黒髪が、かすかに窓を通る潮風に遊ぶ。
彼女とは会ったこともない筈なのに、イーディスはなぜか懐かしさを覚えた。
いやいや、まさか──。
「どのような料理なのでしょうか」
「お楽しみさ。『食い物に感謝して、たんと喰いなよ』」
いやいや、まさか──だが、イーディスはその言葉に聞き覚えがあった。
十三番目の義姉グリセルダの口癖だったのだ。
でも、どうして義姉様がこんなところに、しかも変装までして……!?
「勘違いや人違いだったら申し訳ないのですが、グリセルダ義姉様でいらっしゃいますか」
「ふふん。なかなか勘が働くようになったねぇ、イーディス。元気にしてたかい」
「義姉様も、お元気そうで何よりです。待ち伏せですか?」
隣のテーブルを見やれば、豪華な意匠の食器がきちんと重ねて片付けられている。
とっくに食べ終わって、イーディス達を待っていたとしても不思議ではない。
変装を見破られたグリセルダは、「待ち伏せとは人聞きが悪いねぇ」などと言いつつ、平然と笑っている。
ネージュ、グリセルダ、シエラザート。
ローゼンハイム公王の三人の実子達が皆いたずらを好むのは、ひとえに公王妃の血筋だ。
イーディスなどは恰好の餌食で、いつもからかわれてばかりだった。
「ま、積もる話は後にしようや。私は店を出たところで待ってるよ」
「はい。後ほどお会いしましょう、義姉様」
ちゃかちゃか歩いて先に店を出た義姉の背を見送るのもそこそこに、待たせっぱなしだったルーチェとともに『海鮮丼』に手を付ける。
美味なる海鮮は異世界の釣り人にたらふく食べさせてもらったが、『海鮮丼』とやらはそれらとは一味違う味わいである。
エビやカニ、赤身魚、白身魚を食べ進めると、銀色に輝くふっくらとした米が現れた。
木の匙ですくって食べると、ほのかに甘い酢の味が広がる。飯と海鮮を一緒に食べると、さらに美味さが増した。
美味い物を食べる時、人は無言になる。
義姉妹は黙々と食べ続け、揃って二杯目を注文した。
2021/1/11更新。