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追放猶予(1)

いくら待っても動こうとしない養女むすめごうを煮やして、公王が大音声を上げる。

「弁明の機会と騎士の名誉を欲さぬものとみなす! 今この時を以って、我はなんじの養い親の務めを果たし終えた!」

怒りだけが、イーディスの折れた心に伝わって来た。

激怒している。言葉にも表情にもあらわさないが、養父は怒り狂っている。

妹姫の面倒をよく見よ、と仰ったときにしか、彼の笑顔を見たことがイーディスにはなかった。


それだけの期待を裏切ってしまったのだと思う。

矛を握って貴賓席から降りてこないだけマシだと思う。


『他人を殺害してはならぬ』と言う全世界を人間同士の争いから守るための条約だけは、さすがに無視できないようだった。


「騎士見習いの任を解く。即刻、我が領より──」


「お待ちになって!」

不肖の養女に対して絶縁を言い渡す厳しい父の声に敢えて割って入ったのは、大会の主賓たる公王の後継者その人だった。


シエラザートは美しく着飾った衣装を翻し、貴賓席から敢然と立ち上がる。


「かの騎士はわが王族の一員として過ごした者。いまこの場で国を出よと命じることはあまりに尚早であると言わざるを得ません。身辺整理の時間を必要とするかの者のため、三日の猶予を与えるほどの慈悲はあって然るべきと考えます!」


「よかろう」公王が頷いた。

敗北者を一瞥いちべつし、新たな命令を与える。


「今より三日の後に、潔く我が公国領より立ち去れ。我が娘の慈悲に感服するがよい。反論異論は決して認めぬ!」

名を呼ばわることすらなく、褒美ほうびの魔剣を自ら叩き折ってかなぐり捨てると、王は憤然と貴賓席を立った。

武術を修めて彼の護衛を務める第五・第六・第七公女と共に、闘技場を後にして行く。


公王の退場を待っていたかのように、各国代表の来賓や貴族や、詰めかけていた観衆が次々と会場を離れて行くのを、イーディスはただただ眺め、見送った。


努力を重ねて来た。才覚を発揮できてきた自覚も、自信もあった。

これまでの人生の中で、腕比べで敗北したのは第七公女と公王だけだったのだ。


たった一度、負けただけだ。

相手を侮ったわけじゃない。全力を出さなかったわけじゃない。半端な気持ちで挑んだわけじゃない。

負けたくて負けた訳じゃない、のに。


観客や王族や、シエルが居なくなって、やっと一人になった。


「ああ……そうだ。そうだったわね、ジーク……実現したのね。完成していたのね、貴方の魔剣」

たった今、思い出した。

最近ジークに会ったのは、彼が若くして男爵の地位を得た、その祝いの席でだった。


彼が子どもだったころ、大流行していた漫画にあこがれて、自ら不格好な魔剣を作ったことがあるのだと。

その失敗作が意外と手に馴染むから格好良く鍛え直して、愛用しているのだと。


確かに言っていた。微笑みながら言っていた。

愛剣とともに“ねーちゃん”みたいに立派な剣士になるんだ、と。


イーディスはこみ上げる笑いを堪える事が出来なかった。

『鎧を穿ち、鋼を砕く』彼だけが持つ彼のための魔剣の、恰好の餌食となってしまったわけだ。


「ふはっ……あはは……ははははは!」


ジークは公国から追放される自分の代わりに、正式にローゼンハイムの貴族として迎え入れられるだろう。

どんどん名を上げて出世するだろう。

国の後継者を守る、新たなる騎士として。


幼馴染の“ねーちゃん”としては弟分が誇らしくもあるし──どうしても仕方がなければ、百歩譲って譲りまくって、彼になら妹姫を任せてもいいとイーディスは思っているが……。


男爵が破壊した闘技場の屋根から覗く青空は青く、済み切って、そして丸い。


砕かれた鎧が身体にまとわりついているのが嫌だった。

ようやく起き上がる。


誰もいないのをいいことに鎧をはずし、ダブレットも脱ぎ捨てて下着姿になった。

お世辞にも女性らしいとは言いがたい身体を、未だ暑さの残る初秋の日射しに晒す。

努力の跡だ。筋肉質で頑健な、戦士の肉体だ。


だが、それにも、意味など無かったのだ。


空のあおさまでが自分を責め立てているような気がして、堪らなかった。

イーディス=シャロン=ローゼンハイムは、子どものように泣いた。

2020/11/17更新。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんな国さっさと出ていったほうがいいね。自由に生きたほうが
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