たった一人の海賊(2)
「予定は未定ですか」
「そうなる。就職のアテもねぇし、今さらギルドにも戻れねぇ」
気を悪くなさらないでくださいね、と前置きしてから、イーディスは言った。
「提案があります。あなたが極めた幻影魔法を、わたしに譲ってくださいませんか」
「……カネは? 予算を言え」
「五百万ゴルトほど。いかが?」
「七百万」
「では、それで」
「本気かよ」
「本気ですよ。懸命に習い覚えた技術を買い取らせていただく以上、誠意は金額で示すしかありますまい」
ラウロは煙草の火を消してからイーディスに向き直ると、「わかった。俺様の奥義を売ってやる」と威張って宣言した。
「この場で払ってくれるのか?」
「はい」
イーディスは魔法の小箱から金貨の袋を取り出し、ざっと数えて七百万ゴルトを手渡しした。
ルーチェの助言で一万ゴルト金貨を百枚ずつまとめておいたのが、さっそく役に立った。
ラウロは彼の荷物入れに五百万ゴルトをしまい込むと、二百万を突っ返して来た。
「船の修理費。それだけあれば足りるだろ」
「足りなかったら請求します。ごまかしちゃダメですからね」
「ちぇっ、減らず口が!」
「お互いさまでしょ。魔導書を作るのにどれくらい必要ですか?」
「あー……そうだな。あんたらが“ディッシュ・コラル”に着く頃には出来上がるだろう。俺が居たギルドに頼んで預けとくから、勝手に取りに行ってくれ」
「分かりました。何か伝言があればお受けしますが」
「特にねぇ。ところで、俺の幻影に気づいたのはあんたじゃねぇよな? さっきの詠唱、あんたとは違う声だった」
「ええ。義妹です──ルーチェ!」
イーディスが呼びかけても、すぐにはルーチェは現れなかった。
ややあって……。
「わっ!!!」
「どわぁぁ! な、なんだっ!?」
後ろから現れた少女の声に驚いて、ラウロは小舟の上でひっくり返ってしまった。
「あ、あのなぁっ!」
「えっへへー、ビビってるビビってる!」
ルーチェは楽しそうにケタケタ笑いながら、舟板を少し歩いて義姉の隣にちょこんと座った。
「……ったくもう。嬢ちゃんが俺の魔法を見破ったのか」
「はいー」
「その魔力。『邪眼』だな?」
「うん。やっと使い慣れてきてるんだ」
「そっか。もしよかったら俺の魔法も、有効に使ってやってくれよな。嬢ちゃんはどでかい魔導師になるぜー?」
『邪眼』の副作用を尋ねられたルーチェは、魔物の召喚や創造ができるようだと素直に明かした。
「召喚しかできた事ないんだけどね」
「ふーん。嬢ちゃんはいろんなことに興味を持った方がよさそうだな。よし、俺様の幻影を見せてやろう」
「ほんとっ!?」
「ウソはもっと有効な場面で使うさ」
ちょいと失礼、と断った青年が、ぷかりと煙草の煙を吐いた。
煙は丸く形をとって、規則的に漂っている。
彼が取り出した人形を魔力の霧で包み込むと、おもちゃの兵士の小さな姿が巨人のような大きさに拡大されて煙に投影され、動き始めた。
「俺の幻影は、幻にかけたいヤツを霧や煙に巻き込んで初めて成立する。子どもの頃に見た、異世界の『映画』ってのをどうしても魔法で再現してみたくてな──役にも立たねぇスキルに必死になりすぎちまったってわけ」
「なんで?」
「は?」
「なんで、そんな言い方するの? すごいじゃない、面白いじゃない。『映画』を見るのに特別な機械が要ることくらい、ルーチェも知ってるよ。でもお兄さんの魔法なら、その機械がなくたって『映画』みたいなものが作れるじゃない。絵を描けば、魔法の霧で動かせるんでしょ? 誰かと一緒に作ってみればいいのに」
「簡単に言うなよな、ルーチェお嬢。俺ァ誰とも友達になれなかったんだぜ」
「今からだってなれるよ。何だってできるよ」
「……そう、かなぁ?」
「そうだよ。何だってできる。ね、お姉ちゃん?」
イーディスは大いに頷いた。
ラウロが“ある言葉”を口にすることだけを期待して、黙り込んで考えるのを辛抱強く待った。
どのくらいの時間、そうしていただろうか。
「イーディスさん、頼みがある」
「はい、何でしょう?」
「カネ貸してくれ! 必ず返す!」
たった一人の海賊の叫ぶような声が、暖かな海に響き渡った。
2021/1/5更新。
2021/1/6更新。




