たった一人の海賊(1)
ラウロは小舟の舟板にあぐらを掻いた。
魔法の霧の中でだけ駿足の艦艇になれる小舟は、霧が薙ぎ払われた今、本当の姿を晒している。
ずいぶんと貧相な作りだ。
「どっから話そうかな。取るに足らん言い訳に過ぎんし、短くまとめるか」
彼は冒険者を志して“ディッシュ・コラル”で最も有名な冒険者ギルドに登録していたらしい。
しかし、幻影を作り出す系統の魔法に特化した彼のスキルが歓迎されることはなかった。
ラウロが修練を重ねたスキルは、目くらましや逃走が主な用途。
高名なギルドに登録する者は皆、武勇に優れた者ばかりだ。
籍を置いていたギルドの連中はみんな優しいから、そうされることはなかったけれど──本当なら、一笑に付されて当然だったのだとラウロは吐き捨てる。
かといって他の攻撃魔法や補助魔法が使えるわけでもなく、そんな彼を雇う小隊などありはしなかった。
「まあ、それは仕方ねぇのよ。好きなことしか頑張ってこなかったのは俺だ」
例によって全く口を挟まないイーディスに、ラウロは語る。
時々そっぽを向いて煙草をふかし、軽薄な口調で、懸命に茶化しながら。
「あんまり依頼が来ねぇからさ、クビになっちまって。それでヤケんなって、一人で海賊の真似事して遊んでたのよ。あー分かってる分かってる、なんも意味ねぇよな、うん。……意味、ねぇよ」
ラウロが黙り込んでしまったのを見て、ようやくイーディスが口を開いた。
「今までの努力が無駄だったから、スキルを存分に使う遊びをしていたということですね」
「……はっきり言うんだな」
「では、あなたは、どう思いながら遊んでいたのですか? 遊びは楽しかったですか?」
「このへんの漁師はみんなお人好しでさ。俺の遊びに付き合ってくれてたのよ。幻影に驚いたり、魚なんかくれたりして。俺は、俺様は、たった一人の海賊だ! ……情けなくて仕方なかったよ」
「そうですか……寂しかったのですね」
「ああ。……で、海賊からは足を洗おうと思ってさ、よそから来たらしい大きな船を狙ってみたわけ。ちょっとぶつかったけど損傷はないはずだぜ、大砲も兵隊も全部おもちゃで全部、幻影だ──勘弁してくれよ」
「……」
卑屈な彼の物言いを聞いていると、やたらと腹が立った。
南洋へと旅立つ前の自分自身とそっくり同じだからだ。
だが、今は黄金の腕輪をつけて、戦闘態勢のままで話を聞いている。
魔物を撃滅するために鍛え上げた腕力を彼に振るえばどうなるか、たやすく想像する事が出来た。
だからイーディスは黙って彼を見つめた。
そのうちに彼女は、自らが怒りの矛先を向けるべき相手が、彼でないことに気がついた。
「怒ったのか、イーディスさん」
「ええ。怒っています」
「どうすればいい」
「あなたに、じゃありません。あなたのスキルに価値を見出せなかった、あなたと周囲にいた方々にです──先ほどの幻影は、わたしや他の冒険者をまるごと騙していたほどだったのに」
あくまでも冷静な態度に腹を立てたのか、今度はラウロが激昂した。
「なら、どう生かせばよかったんだ! 俺の役立たずでクソなスキルを! 俺は! どうやって──ちくしょうっ! 俺にも分かんねぇことを、他の奴らがどうやって分かってくれるってんだよぉ!」
「ある人が、わたしに言いました。わたしの過ごして来た時間、己に課して来た鍛錬には間違いなく価値がある──それを自分で否定せぬように、と」
「それは、あんたが強かったからだろ!? 俺の兵隊を全部、一撃で壊してたくらいだもんな!」
「そうかも知れません。でも……」
「ああっ、わかってる! あんたに怒鳴っちまってすまねぇな! 俺だって分かってるさ、あんたが言いたいことは! 頭じゃよくわかってんだよ……」
ラウロはくるりと背を向けて、煙草にもう一度火をつけた。
「手巻きですか?」
「好きな香りの材料を探して、それだけ使った」
「よい香りです。父が喜びそう」
「親父さんか。元気なのか?」
「ええ。わたしを国から追い出せるくらいには」
「そっか。あんたも大変だったんだな」
「旅に出てよかったと思っています」
ラウロは「それならいい」と短く応じた。
また少し黙り込んでから、
「……海賊はこれでおしまいにするけど、次はどうしようかな……」
怒気を消し去った口調で、煙を吐きながら呟く。
2021/1/5更新。