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停泊(3)

勝負の結果は当然、ルーチェの勝ちである。

ガロン坊やは何度も負け、そのたびに勝負を要求し直した。


「……お名前を頂戴ちょうだいいたします、上官殿サー

まったくと言っていいほど表情を変えぬまま、十回目のゲームを終えたルーチェが言う。

はっきりとは示さないが、“いい加減に飽きてしまった”というサインであった。


「は、恥ずかしくて名乗れん……っ! これほど無様な負け方を……このぼくが!」

「これはあくまでもゲームですよ。五万コインは上官殿サーが自力で稼げるようになってから、こちらに返しに来ればいいだけじゃありませんか。むしろ根性があってよろしいと、あたしの義姉あねなどは褒めてくれるのではないかと思います」


「あれだけ偉そうに言って、負けたのに?」

ちらりと視線を向けられたイーディスは、できる限り優しく敗北者に話しかけた。

「負けず嫌いなところや諦めない所はとても立派だと思いますよ。そんな上官殿サーの失敗にいくつか思い当たりますが、聞きたいですか?」


「うん。いつも上手くできてきたから。それが当たり前だったから」

「そうでしたか──それではお話しましょう。まず、紳士淑女の遊び場であるカジノでわがままを通そうとしたことです」


子どもなりに自らの軽率な行動を恥じているのか、小さな上官殿サーはおとなしく頷く。


「……カジノの皆は許してくれるだろうか?」

「わかりませんが、誠意を尽くされるべきですね」

「わかった。その次の、ぼくのミスは? 教えてくれ」


「はい。他人を見る目と勝つための策略がなかったこと。先に一人ずつ腕前を試させろとか何とかうまいこと言って、カードに強くない相手を選ぶべきでした──例えば、三戦三敗でカード遊びにまったく向いてない、わたしとか」

「マジかよっ!?」

「ええ、マジです。義妹いもうとが引き受けてくれて助かりましたよ、ふふふ!」

ガロン坊やは大きな顔を真っ赤にして、また頷いた。

「そっか……ぼくは、最初から勝てない勝負をしてたんだな」


「どれほど修行しようとも、準備をよく重ねようとも、負けてしまうことは必ずある。負けた後にどうするかが大事です。潔く負けを認める事が出来た上官殿サーが、次にされるべきこととは?」


大きく頷いた坊やが、妖しい笑みで状況を見守り続けた優しい女性ディーラーに向き合い、頭を下げる。

「ぼくの名前は、ランデイ=ガロンです。カジノの皆さんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。五万コインは、ぼくが自分で稼いでお返しします」


「ではお客様が大人になられるまでツケておきますので、がんばって稼いでくださいね」

「約束します。……みんなも、ごめん。楽しいの、邪魔しちゃった」

ランデイは集まっていた子ども達を見回して、もう一度頭を下げた。

そのうちの一人の小柄な男の子が、気にするなというようなことを言って彼の肩を叩く。

それで、おしまいだった。

子どもの遊びは熱中して楽しみ、しかも後腐れなく終わらせるのが常道である。

彼らグループは、この先も良き仲間であり続ける事が出来るだろう。


子ども達は別のディーラーに案内を受けて、また子供向けのゲームが並ぶ場所に戻って行った。


「やれやれ、とんでもない上官殿サーだったわね……」

「ホントだね。楽しい遊び方も知らなかったなんて」

ため息をつく義姉妹に、女性ディーラーが頭を下げた。

「勝負を押し付けてしまってすみません。お楽しみいただいておりましたのに」

「あ、大丈夫ですよ。あたしは楽しかっただけなんで。将来は経営者になるのにあんな単純な考え方で大丈夫かしら、あの子……」


完全な他人事だけど心配せずにはいられないといった調子で、ルーチェが言った。

彼がこの敗北を忘れてろくでもない大人になり、もしも変な経営を行って実家の商売を潰しでもしたら、その時は──。


「お姉ちゃん。危なっかしいこと考えてないでしょうね?」

「ん゛ん!? ああ、いや全然!」


イーディスは痒くもない頭を掻きつつ、笑ってごまかした。


後年、全く別の原因で経営が傾いてしまった『ガロンズデパート』の友好的買収に、彼女もごく間接的に関わることになるのだが……それはまた別の話である。

2021/1/1更新。

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