停泊(2)
ポーカーで勝つことのできなかったイーディスだったが、数分後には思わぬ才覚を見せることになった。
賭けダーツだ。
得物を投げたり標的を撃ったりする動きは武術にも欠かせないから、当然だと言っても良い。
客もまばらなカジノでは暇なディーラーも少なくなかったようで、気づけばスーツ姿の見物客が何人か見ていた。
ダーツは面白いように当たった。
賭け金も賞金も額が小さいが、三万ゴルト分のコインは増える一方。
ルーレットやスロットマシンなどで思う存分遊べて、いい気分にならない筈がない。
あくまでも遊びとして楽しむ態度が、意外と正しいようだった。
「楽しいねー、お姉ちゃん!」
「うん!」
ルーチェもはしゃいで、色々なゲームに挑戦した。
子供向けの『もぐら叩き』で他の子ども達と対決したり(分からないように手加減して相手を楽しませていた)、宝石釣りに興じてみたり。
大いに遊びを楽しんでいるようで、お姉ちゃんとしては一安心である。
セレブたちの子女だけあって他の子ども達も節度を持って遊んでいたが、大柄な男の子が一人、スロットマシンを蹴りつけている様子がイーディスの目に飛び込んで来た。
ちょっと見せてと断ってからよく見てみれば、蹴られていた筐体は特に設定を厳しくした本格派のスロットマシンだ。勉学も遊びも能くする上流階級の子どもとはいえ、そう簡単に勝てる代物ではないことは、一目見ただけでわかった。
以上、ほとんどの知識がシャルロット姉様からの受け売り。
「おまえ、何だよ!? ぼくの邪魔するのか!?」
男の子は機嫌が悪い。
とにかく分かりやすいように説明し、納得を得なければいけないとイーディスは思う。
まず、堅い金属を蹴り続けていた根性のある彼の脚を確認。怪我はないようだ。
「ぼくは“ディッシュ・コラル”で一番の百貨店、『ガロンズデパート』の創業家の一員だぞ!」
「……と、いうことは、どういう事でありましょうか、サー=ガロン?」
彼の小さなプライドをくすぐるべく、騎士団の上官に話をするときの口調で尋ねる。
彼の家族がどういうルートで旅行をしているのか気になったが、今はそれどころではない。
彼は相変わらず不機嫌だったが、主張を聞いてもらえそうだと判断してくれたようだ。
「ここはカジノだ! カジノは客を楽しませる義務がある! でも幾らコインを使っても、この機械はぼくを勝たせない! カジノは義務を果たせていないということになる! 違うか!?」
なるほど見事な屁理屈である。十歳そこそこで“嫌な客”という称号を得られて、彼はさぞうれしい事だろう。
「なるほど。しかし、明らかに難しい機械をわざわざ選ばれているのは、上官殿の方では?」
イーディスが挙手して呼び寄せた女性ディーラーが、上級者向けの機械であることを丁寧に説明してくれた。
「ぼくが間違っていたと言いたいのか!? ぼくはお客さまだぞ! お父様やお母さまみたいに、楽しく遊びたいだけなんだぞ!」
ではお客様、と女性ディーラーが人差し指を立てた。
「私とカードで勝負いたしましょう。私が負けましたら、スロットマシンにお使いいただいたコインを全額お返しいたします」
「五万ゴルト分だぞ!? 経営は大丈夫か!?」
ガロン坊やは、今さらながらカジノのサービス過多を気遣ってみせた。
どうやら優しいところもあるらしい。とりあえず文句をつけたかっただけで、思わぬ展開に驚いているのかもしれないが。
どんだけお小遣い貰ってんだろうね、といつの間にか傍に来ていたルーチェが耳打ちして来る。
イーディスは小さく笑いつつ、状況を見守った。
「私の腕前が恐ろしいのですか、サー?」
ディーラーに嫣然と見つめられ、坊やがたじろぐ。
「そっ、そうとも! ……い、いや、お前では不足だっっ!」
本音と強がりが同時に飛び出して実に滑稽──しかも順序が逆だ。
ディーラーは相変わらず妖しい笑みを浮かべたまま、騒動の場に集まった子ども達の顔を眺める。
「では、こちらのお客さまに私の勝負をお預けします。いかがですか、サー?」
ガロン何某は、仕方ないというようなことを言いながら、ポーカー台へと歩いてゆく。
大事な勝負を、指名されたルーチェは簡単に引き受けた。
結果は?
2020/12/30更新。