誰が為に
「自分じゃ気づいてないんだろうし、褒められることじゃないと思ってるんだろうけど、イーディスさんは実際すごいですわよ」
槍を振り回し斧を操り、剛弓を使いこなす。
人買い二人はよく護衛の戦士をとっかえひっかえ雇っていたけど、そんな武人を見たことは一度もない、とルーチェが言う。
悪いドラゴンをやっつけてお姫様と結婚する騎士のお話を、優しくしてくれていた頃のデボリエによく読み聞かされたらしく、その頃は王子様みたいな騎士に憧れる余裕もあったようだ。
「でも、あたし不思議だった。お姫様はなんで──ずっとその騎士と仲良くしてたとも限らないのに、たった一度助けられて、それだけで結婚できるほど好きになっちゃうんだろうって思えて不思議だった。デボリエは考えすぎだって笑ってたけど」
「答えは見つかった?」
「うん。他人を助けることのできる人は、とっても強くてとってもカッコいいんだって……わかったの。もっとたくさん、その人のことを考えなきゃいけないんだろうと思ってたけど──少し触れあっただけでも大好きになれちゃうんだって、分かった。助けられたことなんて、ただのきっかけだったんだって今は思う。ねえ、イーディス。あたしの最高の騎士。あたしは……こんな気持ち、どうしたらいい?」
二番目のコルティ姉様に、シエルへの気持ちを相談してみた時の自分自身と、とてもよく似ている。
恋を告白する時のように顔を赤らめて俯く義妹を見て、イーディスはそう思った。
気持ちを受け取ることでしか、義妹を葛藤から助け出すことはできない。
あの時、コルティ姉様は仰った。
彼女もお見合いを済ませた直後だったと言うから、あれはご自分に言い聞かせるための言葉でもあったのかも知れないけれど。
『好きな気持ちは誰にも見せないで、自分の中で磨き続けなさい』と、優しく仰った。
『時がもし至れば、伝えることに全力を尽くしなさい』と。
今のルーチェをもし姉様が見たら、何と仰るだろう?
そうして考えあぐねた挙句、自分は思ってる事の半分も言葉にできない武骨者だと、もと姫騎士は言い訳がましく告げた。
「自分から他人と触れ合ったり話をするよりも剣や槍を振り回している方が楽しかったし、楽だった」
「うん……」
「シエルに仕えて、シエルを守ることに夢中になっていれば……あの子のことさえ考えていればよかったの」
「うらやましいなぁ、シエルさん」
「ルーチェの嘘つかないところ、好きよ。──シエルは義理でも妹だから、家族として見なきゃと思ってたけどダメだったな。今のあなたと同じ、気持ちばっかり持て余しちゃって」
恋していたのは、自分の方だったのだ。
イーディスは言った。
守っているつもりで、守ってもらっていた。
甘やかしているつもりで、甘やかしてもらっていた。
離れてみて初めて、色々のことが分かった。
シエルが本当に悪戯の餌食にしたかったのは、騎士団でも国でもまして公国王でもない。
ローゼンハイム公国最強の騎士見習い、イーディスその人だったのだ。
完全に未来を予知できるとまでは聞いていないが、ある程度は“こんな風になったら楽しいだろうなぁ”という思いを、シエルは持っていたはずだ。
「え、じゃあ例えば、あたしがお姉ちゃんを大好きになっちゃって、シエルさんに妬いちゃうこととか?」
「うん。わたしがジークを応援するばかりじゃいられなくなって、改めて嫉妬しちゃったりしたのも」
全部計算尽くだぁっ!!!
広い客室にイーディスとルーチェの叫びが反響する(推定震度1、波と区別がつかない程度の揺れ)。
その叫びを聞きつけた訳ではないだろうが、客船の制服を着た女性が新しい飲み物を運んで来てくれた。
このあたりの島に現生している果物を絞ったジュースだとかで、飲むと爽やかな甘みが喉と心を潤し、楽しませてくれた。
陸地で休息をとりたいという乗客たちの要望に応えて、予定外ながらその島に停泊するらしい。
巡航速度を速めることになるが、“ディッシュ・コラル”への到着時間に変更はないとのことだ。
どうなさいますかと丁寧に尋ねられ、イーディスはやんわりと船に残る旨を伝える。
休息は船の中でも丸一日眠れるほど取れているし、今はなるべくルーチェと二人で過ごしたかったからだ。
2020/12/29更新。