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平穏(1)

異常事態は翌朝、突然に起きた。

「いや……当たり前だよね、お姉ちゃん」

「そうそう。みんな徹夜で騒いでたんだから、異常事態でも何でもないわよ」


訂正。

平穏は予想通りにやって来た。

イーディスとルーチェは誰ともすれ違うことなく、大浴場を独占して朝風呂を楽しみ、ぜいたくなことに二度寝までをも満喫した。

現在は昼下がり、未だに誰も甲板に現れない。


昨晩の宴のせいだ。


花火まで上がった大騒ぎだったようで、甲板ではスタッフ達が後片付けと掃除に追われている。

「平和だね」

「そうだね……」

「無理しなくてもいいよ、ルーチェ」

「……でも」

「スタッフさん達には話してあるし、魔物はわたしが撃滅する。身体を壊したら旅どころじゃなくなっちゃう。今がチャンス」


ルーチェは頷いて、冒険者アシュリーから教わった方法で抑えこんでいた魔力を解放した。

強い感情や殺意を伴っていないために、身体が浮き上がるなどの派手な現象は起きなかったものの、周辺の水面からは美味なる生物ならぬ海の魔物が次々と浮き上がってKる。


イーディスの動きは静かで、迅速だった。

義姉たちから譲り受けた武具と鍛え上げた体術を駆使して、あっという間に魔物どもを駆逐してゆく。


ルーチェは天然の召喚師であり、あらゆる修行を必要としない魔導師である。

『邪眼』がもたらす魔力は考えられないほど多く、強い。

無理に抑えこめば魔力が行き場を失って逆流し、やがては肉体を破壊してしまう。

だからと言って何もしなければルーチェの周りには常に魔物が現れ、引き寄せられるように彼女を襲うだろう。


彼女の人生を破滅させないための方法はいくらあってもいい。

その“方法”のうちの一つに自らを数える事が出来るのは、イーディスにとって小さくない喜びだ。


もと姫騎士は魔物をあらかた片付けてしまうと、ルーチェの様子を確かめた。

まだ魔力の放散が収まっていない。

懸命に制御しようとしているが、まだ力が及んでいないようだった。

シエラザートと同じく魔法の勉強は要らないだろうけれど、あえて練習をしてみるのもいいかもしれない。

世界のどこかで冒険者として活躍しているグリセルダ姉様に連絡をつけて依頼すれば、喜んですっ飛んで来てくれるに違いない。


その想像に思わず微笑みながら、イーディスは最後に現れた大きめのタコを思いっきり蹴とばした。

凶悪そうな見かけのタコは空高く舞い上がり、魔力の粒子を放って焼失した。


海の生物と違って、人間には魔物を食べる事が出来ないし、哀れみも感謝も何も必要ない。

魔物とはヒトの悪意の具現化であるとも、魔力が自然と凝固したものであるとも言われている。

その魔物の力を“おいしく頂く”ことができるのは、限られた地域に住む『魔族』だけだ。

旅を続けていれば出会うこともあるだろうし、ルーチェにはぜひ会ってみて欲しいと思う。


「ルーチェ、気分はどう?」

「ん……だいじょうぶ。慣れてきたみたい」

イーディスはそれ以上ルーチェを追及せず、自分の身体に残った魔物の血を丁寧にふき取った。

そうしてから、ようやく義妹を抱き上げる。

この瞬間のために戦ったようなものだ。高めの体温が安心させてくれるのだ。

義妹を甘やかしながらも、実は彼女に甘えてしまっている。

それを申し訳ないとは、もう思わなくなった。持ちつ持たれつでも良いのだと言う考えは、成長していると言えなくもない変化だろう。


掃除は任せとけ、と白い歯を見せた中年のスタッフに礼を言い、姉妹は連れ立って甲板を去った。

ぞろぞろと起き出して来たセレブの皆さまやヤサブロー、『爽海亭』メンバーとあいさつしながら歩き、自分たちの客室にたどり着く。


『お疲れ様です』と丸文字で書かれたメモと共に置いてあった魚のフライをおいしく頂く。

ふわふわ卵のコンソメスープに焼き立てパン、デザートはアイスクリームだ。

平穏の証であるかのような昼食を共にするうちに、ルーチェが口を開く。


「イーディスお姉ちゃん……ごめんね」

「何が?」

2020/12/28更新。

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