バッドラック・レディ!?(2)
ヤサブローは、生態系をほぼ無視して見てくれの悪い生物を大量に釣り上げた婦人に、たくさん作ったうまそうな料理をたらふく振る舞った。
年齢よりも随分と老けて老婆に見えていた婦人の顔や髪が、料理を食べるたびに若返って行く。
イーディスは彼女の手を取り、騎士気取りで「お名前を賜ります、レディ」と告げた。
「ケイト……グランツ」
「ではケイト様、このような日陰においでにならずとも」
「え? あ、ちょ、ちょっと!?」
イーディスは少々強引に彼女を甲板の中央まで連れて行った。
甲板の日陰から美しい白髪の婦人が現れるという不可思議な現象が起きて、会食はますます盛り上がりを見せた。
ヤサブローはそろそろお開きにしようと考えていたようだが、すっかりそんな場合ではなくなってしまった。
礼をはずむとあちこちから言われれば悪い気はしないのだろう。
甲板の中央付近に戻って、次々釣り上げられる魚を大量に捌き続けている。
懸命な彼を助けようと思ったが、料理の腕前を思い出して諦めた。
……まあ、船のシェフ達が助けているので安心だ。
イーディスは義妹を探し、すぐに見つけて駆け寄った。
「いつ気づいたの、お姉ちゃん」
「ほぼ何も考えてなかったって言ったら、ルーチェはがっかりする?」
耳打ちして来た義妹に苦笑で応える。
「ううん。お姉ちゃんらしいと思う」
「優しい義妹を持って幸せだよ、わたし」
ルーチェは深く微笑んで頷くと、行動で示せとばかりに義姉に抱っこを要求した。
「もっと食べた方がよさそうね」
抱き上げた彼女の羽根みたいな軽さに、イーディスは改めて驚く。
「うーん、ちょっと望みなさそうかなー……?」
「嫌な事言っちゃったかな」
「そうじゃないんだけど……お腹いっぱい食べちゃって、眠くなっちゃって。色々お話、したいのに」
「大丈夫よ、まだ船旅は七日もあるのよ。イベント続きで楽しいけど、ちょっとゆっくりしたいよねぇ」
「じゃあ、あしたは……イーディスお姉ちゃんを独占しちゃうのだぁ……」
早くも腕の中で眠りこけてしまった義妹を愛しく抱き寄せるイーディスに、ようやく騒動から脱出したケイト夫人が声をかける。
「妹さん、寝ちゃったのね」
「ええ……この子が寝ると安心してしまうみたいで、わたしも良く眠ってしまうのですけど」
「そうなの。少しだけお話を、と思ったけれど、邪魔をしない方がよさそうね」
「……大丈夫です。わたしも、そろそろ慣れておかなくちゃ」
ありがとう、と笑んだケイトと共に適当な席に座る。
彼女は何も言わず、ただ頭を深く下げた。
その心を、イーディスは遠慮なく受け取ることにした。婦人の気が済むまで、また黙って待った。
どうやら自分はあまり能動的に動ける人間ではないらしい──と新しく自覚しつつ、彼女の言葉を待つ。
やがて婦人が顔を上げ、給仕の置いた飲み物を一息に飲み干した。
「おいしい……こんなおいしいお酒、初めてだわ」
酒が苦手なイーディスには彼女の心境がよくわからない。
分からないなりにも理解しようとして、少し微笑んで見せた。
「無口な方なのね、イーディスさん」
「そんな場合ではなかったので自覚がありませんでしたが、我ながらわりと人見知りをしてしまうようでして……ご不快でしたら申し訳ないです」
「大丈夫です。私もあまり人と関わらず過ごしてきました。お気持ちは分かるつもりです。……首飾りのこと、本当にありがとう」
「これからはもっと良い事が起きるでしょう。これまでのケイト様の苦心と努力の賜物です」
彼女が持って生まれてしまった不運や、苦労を強いられる出来事に耐えられる時期に、それらが集中して起きるよう制御するためのアイテムだったのだろうと、イーディスは推測する。
魔導具オタクのレメディなら凄まじい勢いで解説できるのだろうけど、あいにく知識が足りない。
せめてはと前向きな励ましを口にしたイーディスの気持ちは、ちゃんとケイトに伝わったようだ。
「ええ、きっとそうね。これからもっと頑張ってみるわ。……妹さんにも、私がお礼を言っていたと」
「はい。妹も喜びます」
「姉妹の時間も大事にね。楽しい旅を!」
ケイトは白い頬を上気させつつ、上機嫌でグラスを掲げた。
2020/12/28更新。