南へ!(7)
「僕らも食べて行かなければいけませんから、予想できる苦労に見合う依頼料を頂いて仕事をします。今回は他のギルドにも動いてもらうべき案件ですから……」
サイラスはざっと算盤を弾き、その結果のメモを見せてくる。
「安っ」
無言で状況を見守っていたイーディスは思わず声を上げた。
個人で払うには決して安くないが、組織的な戦闘が十分に予測できる依頼にしては、十万ゴルトは安いと思えてしまうからだ。
ルーチェと彼らの話し合いに割って入ってしまって申し訳なかったが、さすがに黙っていられなかった。
「ローゼンハイム公国の指名手配犯ですからね。個人からの依頼料はその位で済みます」
「国からたっぷり払ってもらえばいいのさ~」
「そ、そういうものでしょうか?」
「そういうものなのです。国にとっては不始末でしかないでしょうから」
故国を追放されてしまったイーディスにはもう関係ないことだけれど、確かにガズとデボリエは何度も国の信用を貶めるような事件を起こした。そのたびに指名手配を受け、捕縛され、脱獄を繰り返した。
イーディスも三度ほど、二人を捕まえたことがある。
ひょんなことから思わず不老不死になってしまったとか、ヒマつぶしをしてるだけだとか本人たちは言っていたが、どこまで本当だか分かりゃしない。
『少なくともここ二十年くらいは見かけが変わってないわね』と、シャルロット姉様は言っていたけれども。
「もしかして、因縁の相手だったりするの?」
「もう関係ない相手です。ルーチェがどうでもいいと言うなら……わたしにとっても、どうでもいい人達だわ」
少なくともサイラス達の新たな仕事にまで乱入して、彼らの取り分を減らしてしまうようなことはしなくて済む。
任を解く、と養父は確かに言ったのだ。
騎士の義務感とは、とっくに縁が切れている。
「じゃあ、全部ウチらに任せてくれるってワケだね~?」
「はい。依頼料はこの場でお支払いします」
イーディスは懐から財布を取り出し、一万ゴルト金貨を十枚、少しもためらうことなく冒険者に手渡した。
「気前いいなぁ。ご贔屓にしてもらいたくなってきちゃったよ。今後ともよろしくね、なんつってみたりして~」
「ふふふ! もし縁があれば、ですよね」
「そうだよ。ウチら冒険者はとことん自由なのさ~。仕事はきっちりするから、期待しててよね」
アシュリーはもう一度ルーチェに視線を合わせて頷き合い、彼女の頭をわしわしと撫でた。
イーディスは話し合いがひと段落ついたのを見計らって、「ところで、この船の警備のことなんですが」と切り出してみた。
「わたし、ギルドの皆さんと一緒に他のお客さん達をお守りすると言ってしまったのです。先に皆さんにお話をしてみるべきでした。すみません」
もと姫騎士は深く一礼したが、冒険者たちは少しも気にしていないようだ。
「飛び入りで船の警護に参加してもらえるということでいいんですよね」
と、サイラスが糸目を細める。
「はい。不肖イーディス、お手伝いさせて頂きます」
「魔導師サイラス以下、ゼーフォルト国冒険者ギルド『爽海亭』一同──イーディス殿のご加勢を歓迎いたします」
魔導師と握手を交わす義姉を憧れの目で見ていたルーチェに、アシュリーが親しげに声をかけた。
「じゃあ私はルーチェちゃんとお友達になってもらっちゃお~。いいかな?」
「はい。よろしくお願いします、アシュリーさん! 服、貸してくれてありがとう」
「いいよ。それ私のお古だけど、あげる~」
思わぬ申し出にルーチェがはしゃぎ、その場でくるりと一回りした。貸してもらった青いワンピースが気に入っていたらしい。
イーディスも丁寧にお礼を言って、義妹を抱き上げた。
「今日のところはこれで……色々ありがとうございました」
義姉の腕の中で、ルーチェが慌てて声を上げた。
「あっ、そうだ! アシュリーさんは暫くの間、無茶とかしちゃダメだからね。絶対だよ。約束してね!」
冒険者たちは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、互いに深く微笑んで、それから頷いて見せた。
2020/12/24更新。