南へ!(6)
「おいしい?」
「とぉーっても……最高ね」
先ほどまでのしっかりとした振る舞いはどこへ行ったやら、ルーチェがとろんとした口調で言う、
「こんな贅沢な食べ物、初めて食べたよ……」
“白牛”は各国セレブの御用達グルメだ。だが、イーディスが彼女に食べさせてみたい食材や料理はまだまだたくさんある。
これからだぞ~、などと悪戯っぽく言いながら一切れを食べ、白磁の取り皿をルーチェの前に差し出した。
なんだか自分が食べるよりも、彼女の食べっぷりと反応を見ていたくなってしまったのだ。
ルーチェは目を見開いて、「いいの!?」と叫ぶように尋ねる。義姉が頷くと、喜んでステーキを平らげた。
「“お姉ちゃんのぶんも食べな”っていうの、一度やってみたかったんだよね」
イーディスはたらふく食べて満足そうに笑む義妹を眺めながら、言った。
少食な十一番目のハイネリルク姉様が、いつもそうして気遣ってくれていたから。
義姉の真似をしてみたかったのだ、と。
「そうだったんだ……それにしても、いっぱい食べちゃった……こんな幸せじゃあ、ルーチェ調子に乗っちゃうよ~」
「いいじゃないの、少しくらい。真面目すぎると壊れちゃうよ」
「うん……」
イーディスは椅子から立ち上がると、眠そうに目をこするルーチェを抱き上げてベッドに連行した。
「うゅ……もっと、お話したいのに」
「どこにも行かないから。っていうか多分わたしも今から寝ちゃうし」
「お姉ちゃんもお昼寝するの? いっしょがいい……」
ひたすら甘えて来る義妹が可愛すぎて、堪らないくらいだった。
姉らしく(?)ルーチェが寝入ってしまうまで彼女の身体に触れていたが、やがてイーディスも自然と横になってしまっていた。
──夕刻。
ほとんど同時に目を覚ましたルーチェと共に、イーディスは船の警護を務める冒険者ギルドのメンバーが寝泊りする、広い客室へと向かった。
改めて御礼が言いたい、とルーチェが言ったのだ。
ギルドの皆はそれぞれ船内を巡回しているとのことで、船室に待機していたのはギルド長の青年と、彼の副官で恋人の女性だけだった。
「イーディス殿には助けられました。御礼を言うのはこちらです」
昼の一件について丁寧に礼を述べると、サイラスと名乗った魔導師は糸のような目をさらに細めて一礼した。
「ルーチェさんも無事でよかったです、一件落着ですね」
サイラスは長身をかがめて、ルーチェの頭を撫でる。小さくても淑女として扱うあたり、なかなか好感の持てる男だ。
「……うん」
「で、どうします? あの二人の追跡だけは行ってますけど」
好青年は笑顔のまま言う。ルーチェを海に投げ捨てた、夫婦らしき二人組のことだ。
決定権を手渡されたルーチェは、顎に手を当ててしばらく考えていたが、こちらも青年に負けないほどの笑顔を咲かせて、「どうでもいいよー」と言い放った。
「マジで?」
ようやく口を開いて、ギルド副団長のアシュリーが確認する。
「ちょっと脅かしてやるくらいならいいんじゃない? 何もしないって、優しすぎだよ」
「そうだねー……アシュリーさんの言う通りかも」
「そうそう、遠慮することないよ。こっちでも調べてみたんだけど、あの二人は地元で割と大きな人身売買の組織とルートを持ってるみたいだからね。ローゼンハイムの公王陛下から手配書が出てた。ガズとデボリエって言うんだってさ~」
ウチらとしてはちょっとチョッカイかけてみたい相手ではあるんだよなー、とアシュリーはどこか楽しそうに持ち掛ける。
「誰かの正式な依頼があれば、いくつかのギルドと合同で奴らのアジトでも叩きに行けるんだけどな~?」
膝をかがめて目を見ながら言うから、ルーチェにも意図がバレバレだ。
完全に遊んでいる。でも、真剣な遊びだ。アシュリーの目は──美しい緑の瞳の奥は、決して笑ってなど居ない。
「……依頼するとしたら幾らですか」
ルーチェは堂々としたものである。自ら手を下す必要などないと既に判断しているようだ。
「場合によりますね」とサイラスが答える。
2020/12/23更新。