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『邪眼』の子(3)

彼女の心を満たすのは、それは一体何だろう。

新しい出会い、新しい人間関係。

戦うための力だったりするかもしれない。

世界について知りたくもなるだろうし、魔法や機械技術からくりに興味を持つかもしれない。


ルーチェの未来を、イーディスは自分のことのように考える。

“お姉ちゃん”と呼んでもらえるだけでも嬉しくて、心が沸き立つのを抑えられそうになかった。

新しい“義妹”がどんな道に進むのか。自分はどんな助けになる事が出来るか。

考えるべきことはたくさんある。

あるのだが、もと姫騎士の腹の虫は正直だった。


さっきから盛大にお腹が鳴りまくっているのである。

「あは……お腹ぺこぺこみたいだね」

「うん。ルーチェと一緒に食べたいな。好き嫌いは?」

「食べ物にあんまり興味なかった。けど、食べ歩きとかもしてみたくなって来ちゃったなぁ」


ステーキと鉄板が奏でる音や香りに、どうやらルーチェも参っていたようだ。

「“ディッシュ・コラル”に着いたら、もっとたくさん食べちゃおう」


まずはステーキだ。

イーディスは義妹を連れて立ち上がると、客室中央のテーブル席についた。

新しい白磁の皿は、給仕の少年が気を利かせて持ってきてくれたものだろう。


十日間の船旅では、豪華な料理を用意してもらえることになっているのを思い出す。

色々ありすぎて、十日間どころかまだ旅の一日目だということを忘れてしまいそうだ。

「案外、あっと言う間に着いたりしてね」

「あり得ない……とは言い切れないから怖いんだよなぁ」


「何なに? 聞かせて」

半分に切って渡したステーキ肉を品よくナイフで切りながら、ルーチェが眼を輝かせる。

「昔、シエルが悪戯をしたの。故郷のローゼンハイムから、北部はアイゼンシルト公国まで遊びに行った時」

イーディスは宝石商ダンケルクから譲られた地図を広げ、二つの地名をそれぞれ指し示した。


「けっこう遠いね」

「山も越えるから大変だねなんて話をしてた。飛行船でひと晩寝て起きたら着いてたの!」

今でも信じがたいのだが、シエラザートが有り余る魔力を使って、王族用の大きな飛行船をまるごと目的地まで『転移』させてしまったのだ。

養父も養母も目が点のようになっていたのをよく覚えている。

わずか三年前の出来事だが、その日以来、ローゼンハイム公国でも魔法についての研究が盛大に行われるようになった。


「うん、魔法の研究が始まるきっかけになったみたいだし、すごくおもしろい悪戯だと思う。でも、ちょっと待って……ごめん、他のことが気になっちゃって」

「はい、どうぞルーチェさん」

義妹の真面目な生徒ぶりに合わせて、手を挙げた生徒を指名するように、イーディスは続きを促した。

「ローゼンハイムって、何が有名なの? 『五大公国』には、それぞれ有名な産業とか技術があるんだよね?」


地図に特産品らしい事物の絵が描いてあるのを発見し、推測を働かせたようだ。

アイゼンシルトならば鉄や銀などの鉱物。

ヴィントブルクは木材、建築物に機械技術からくり

大陸最西端に領土を持つゼーフォルトは二方向を海に囲まれており、当然のように造船や漁が盛んだ。

三方を外国に囲まれたグリューンエヴェネンは、農産物や花木、畜産物を他の国に提供することで国の形を保ってきた。


ルーチェが問題にしているのは、特に特産品などが記されていない、イーディスの第二の故郷。

大陸東端の“茨の園”ローゼンハイムの産業についてだ。


大陸の地図を与えてくれたダンケルクはさすがに商人らしく、どうやら商人を目指す子供向けの地図を選んでくれたようだ。

もし、文字の読み書きができなくても分かるように──という気遣いをしてくれたのだろう。

その産業分布図が、結果として、ルーチェの知的好奇心を煽った。

蒼い瞳をキラキラさせて、対面から見つめて来る。


「たっ……食べながらでいいのよ、学校じゃないんだから」

「うん!」


ルーチェが快活に頷いて、ステーキを口に運んだ。

グリューンエヴェネン産“白牛”は、質の良い赤身とあっさりとした脂身が特徴のすばらしい肉である。


『邪眼』の少女の顔が、とろけてしまったかのように笑み崩れた。

2020/12/21更新。

2020/12/22更新。

2020/12/24更新。

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