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指針(2)

「お嬢さんは──そうだ、先にお名前をお伺いせねば」

「イーディスとお呼びください」


「では、イーディス殿は菓子類をお好みかな?」

「たしなみ程度ですが」


「規格に満たないクラッカーに香辛料をまぶし、砕いて袋詰めにした菓子をご存知だろうか」

「ああ……、ありますね。姉たちがよく買い求めては食べておりました」


巨大な製菓期業が子供向けの商品として売り出したこともあって、同年代で先にローゼンハイム王宮に来ていたレメディやニティカが主に食べていた。


特に好んだのが武術に関して凄まじい知識と腕前を誇る七番目の姉ティータだったことは──他の人にはともかく──イーディスにとっては面白くて堪らなかった。

一度など深夜にコソコソ独り占めして食べていたのを目撃してしまい、「二人だけの秘密にしてね!」と何度も念押しされたくらいだ。


誰にでも秘密にしたいことの一つや二つはあるのだと教えてくれた、小さな事件だった。

特定されないように細部を伏せて語ると、ダンケルクも愉快そうに笑った。


「島の話であったな。地名が示す通り、かの島々はその菓子を思わせる地形になっておる。丸い惑星を海の上まで持ってきて、わざと粉々に砕いたかのような、とにもかくにも美しい場所だ」


ダンケルクはその島々のうちの一つ、小さな無人島を持っているそうだ。

彼が運営している宿泊施設のパンフレットには、島の絶景が大きく印刷されていた。

絵画ではなく『写真』で、しかも明らかにこの世界の印刷技術では再現できない極彩色ごくさいしき


本が大好きで匿名での作家活動も行っているレメディとニティカの影響で、イーディスも印刷技術などに詳しくなった。純粋に興味が沸いて、

「異世界の技術をお使いになったのですね」

突っ込んだ話をしてみた。

もと宝石商は深く頷き、コネとカネを使っただけだよ、と苦笑した。


機械文明が発達し、剣も魔法も存在しない異世界からやって来た“転生者”と関わったことがあるそうだ。

小金持こがねもちの悪いクセさ。カネにあかして、できないことばかりをしようとするんだ……私も含めてね。ソフィアおばさまの背中はまだ遠い」

「追いかけたい背中があるのは良いことではありませんか、ダンケルク様」


「そうだと良いな。とりあえずは、妻に予定を変更したい旨を伝えねば」

「そう言えば、奥様はどちらに?」


「昔、小さなドラゴンに噛まれて以来の恐怖症でな。まだ客室にこもっている」

「そうでしたか……いざとなれば、わたし達でまた皆様をお守り致しますとお伝えください。折角の御旅行です」


同乗したギルドの諸氏と話も出来ていない状態だが、ついつい騎士見習い時代のクセが出てしまった。

騎士の仕事をこなす間は、国民を守るという義務感こそが、彼女を支えていたのだ。

「うむ。頼りにさせてもらうよ、イーディス殿」

では失礼、と軽く会釈してから、紳士はゆっくりと甲板を歩き去って行った。


「“ディッシュ・コラル”か……楽しみだなぁ」

とりあえずの指針は決まった。

南の大陸に着いたら数日かけて観光し、それから“スタークラッカー諸島”へ行く。

海辺で楽しく過ごした記憶はないが、これから思い出を作って行けばいいことだ。


自然とワクワクし始めた胸の鼓動を抑えつつ、イーディスは船内の大浴場に向かう。

魚だかドラゴンだかの血が身体にまとわりついたままなのが、今さら気になったからだった。

二階の大浴場を誰も使っていないことを確認すると、駆け足で素早く到着し、素早く入浴を済ませた。


他の客に遠慮したのもそうだが、もと姫騎士にはゆっくり風呂につかるという習慣そのものがなかった。

魔物は倒せば消滅するが、返り血その他はしっかり残る。

手早く洗い流すに限るのだ。一番上のシャルロット姉様にも、もっと風呂を楽しむように言われることがよくあったが……。


身体と頭に染み込んだ長年の習慣も、この旅を通じて変わって行くだろうか。

ようやく自分の船室に戻ったイーディスは、長く伸びた黒髪を丁寧に拭きながら、故郷の歌など口ずさんでみる。

2020/12/17更新。

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