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南へ!(4)

横取りする気かぁぁ、という魔物の声を、イーディスは空中で聞くともなく聞いた。

気が付けば、跳んでいた。鳥の羽が生えたように体が軽い。


浮き輪ごと両腕で抱え込んだ娘に、できる限り優しく声をかける。

「大丈夫?」


「じゃ、ない」

「ですよね。事情は?」


「両親から聞いてる。少しだけ、だけど」

「納得は?」


「してるワケない」

ですよねー、ともう一度繰り返したところで、例の魔物のでかいドタマが見えた。

魔法で姿勢を制御して、無事に着地する。


──おぉぉ、すんげぇ魔力だなぁぁ


捻くれたクジラみたいな見かけの魔物が、ひれを器用に動かして海面を叩く。

頭を踏みつけられている格好だが、そんな事は気にもならないらしかった。

奴にとっては歓喜の舞だ。

が、その動作で沸き立った波と突風の直撃を受けた客船は堪ったものではない。

魔法の動力装置で獲得するはずの推進力はどこへやら、あっという間に流されて引き離されてしまった。


「ねえ」

少女が魔物に問う。「あたしは、どうなるの」

げっげっげ、と魔物が笑う。

──どうなるっておめぇ、おれと一緒に、海ン中の城まで来りゃあ……三食昼寝つきで歓迎してやるぜぇぇ?

「うそだ」

──また頭ァぶっ刺されちゃたまらんからなぁぁ、嘘はつかねぇよ!

げぇぇっげっげ、と、魔物は逆向きに流されて行った船まで届きそうな高笑いを響かせる。


「ちがうっ!」突然、少女が激昂げっこうした。

「価値がある時だけ利用して、何かあったら捨てるんだっっ!! ぜったい嫌だ! 海の中になんて行かない!」

少女の蒼い瞳が妖しい輝きを放つと、彼女を抱えていたイーディスは不可視ふかしの力で弾き飛ばされてしまった。

「……ろ……て、やる……!」


同じだ、とイーディスは口の中でつぶやいた。空中で魔法を行使し、素早く体勢を立て直す。

満月の夜のシエルと同じ、凄まじい魔力の高まりを感じる。

名前を聞いておくべきだったと思う。彼女の召喚魔法を中断させる方法がない!


「殺してやるっ! みんなみんな……!」

浮き輪を投げ捨て、魔法で海面に浮きあがった少女の細い叫びが、海と空を切り裂く。

次の瞬間、漆黒の鱗と翼を持つドラゴンが、彼女の召喚に応じて現れた。


黒龍は巨大な魔物の身体を太い腕で鷲掴わしづかみにすると、悠々と持ち上げて高く上昇した。

急降下して海面に叩きつけ、高くバウンドした魔物の身体を存分に爪で斬りつける。

弄んでいるかのような、残酷な仕方だった。


ボヤボヤしている時間はない。

げべっげべっと醜い悲鳴をあげる魔物を片付けたなら、きっと次は──。


イーディスは巨大な魔物と黒龍の間に割って入る位置に転移テレポートした。奴を助ける気などないが、想定しうる最悪の事態を防ぐには、自ら黒龍と戦わねばならない。

「わたしが相手だ、来いよ化け物!」

黒龍がえる。敵と認識してくれたらしい。

もと姫騎士は薄く笑って、銀の斧を構える。


龍殺剣ドラゴン・スレイヤー』などという高価で強大な武器は残念ながら持ち合わせがない。

力押しで弱らせて隙を作るくらいしか、戦い方も思いつかない。


いま目の前で翼を広げてこちらを威嚇するのは、おおよそ考え得る中で最強の魔物だ。使役し続ければ、自然と召喚者の魔力も消耗していくはずだ。


「おおぉっ!」

雄叫びをあげながら無造作に斧を振る。黄金の腕輪が鈍く輝き、巨大な斧を十全に制御した。

鋼鉄をぶん殴った時のような音がした。

黒龍の頭部に直撃させたものの、全くこたえていない。

諦めずに何度も何度も斧を叩きつけた。

怯むことなく繰り出される爪を眼前でかわし、渾身の力で腹を蹴り上げる。

思わぬ苦痛に猛り狂い、龍は大口を開けて吐息ブレスを吹こうとした。


好機!


イーディスは斧を海に投げ捨てると、握りしめた槍を左腕ごと龍の口に叩き込んだ。

鋭利で頑丈な槍が、ドラゴンの喉を貫く。


弱点を見つけたら徹底的に叩け──これはグリセルダから一番最初に教わった、魔物との戦い方だ。


黒龍が一瞬で溜めこんでいた炎の魔力を浴びて焦げた左腕を引き抜く。

素早く反対側へ回り込み、龍の喉を貫いていた槍を、腕と同じように引き抜いた。

すぐにふさがって行く傷跡を槍でもう一度抉ると、龍は黒い血を滝のように流した。


主導権を決して渡さず、さらに徹底的に叩くには……。


「──なっ!?」

夢中で考える戦士の視界の端に、ある光景が映った。

それとほぼ同時に、黒龍の力が急速に弱まってゆく。

2020/12/14更新。

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