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南へ!(1)

広い。

一人で使うには広すぎる個室には、大きなベッドとお洒落な机が置いてある。

長い船旅の娯楽として、本棚にはぎっしりと本が詰め込まれている。

丁寧に整えられた大きなふかふかベッドに飛び込んでしまいたくなったが、イーディスはその誘惑に耐えた。


なぜなら、魔法の小箱の中身が全く片付いていないからだ。

別に部屋がぶっ散らかっていようがどうしようが構わないタイプだが、一度でも整理整頓にこだわると、とんでもなく時間と手間を喰ってしまう人間だと言う自覚も、ちゃんとイーディスにはある。


これを良い機会と思うことにした。義姉妹からの餞別や自分の所持品や買い求めた物品でごった返している魔法の小箱を、もと姫騎士は意を決して解放した。


まず、二番目の姉からの金貨の袋。

小分けにされた五つの袋を取り出そうとしたが……。


「げぇっ……重い!?」

新しい身体の扱いに慣れていないからか、必要以上の腕力や筋力をほとんど装身具アクセサリーに移し替えてしまったからかは分からないが、とにかく、金貨の袋は想定したよりもかなり大きく重かった。


イーディスは慌てて黄金の腕輪を身につけると、気合い一閃、金貨の袋を箱から掴み出した。

改めて確かめる。節約しさえすれば一生遊んで暮らせるお金だ。


騎士らしからぬ考えに至って、一人ほくそ笑む。


何が節約だ。


餞別はとても嬉しいし、コルティ姉さまに感謝の手紙を送りたいくらいだけど。

けれど、事ここに至って、どうしてせせこましく節約にいそしむ必要がある?

だいたい、自分にはもう、自力でカネを稼ぐ力があるのだ。


コルティ姉さまだって、義妹をただ甘やかすために巨額を下さったわけではないはずだ。

よく考えなさいね、と言う優しい声が、聞こえる気さえする。


「……決めた」

一千万ゴルトだ。

それを自分の為に使おう。あとの四千万は、誰か必要な人の為に使う。

もう決めた、誰にも文句は言わせない。


イーディスはひとつ息をついて、次の包みを開けにかかった。


ローゼンハイムの近衛騎士ロイヤルガードを務める第五・第六・第七公女から、弓、槍、短剣。

三人がそれぞれ得意とする武具だ。

わざわざ新調してくださったのか、どれもぴかぴかだ。

どのような冒険にも出られるように──と、第五公女アウローラのメモ書きが添えられていた。

一体全体、どのような生活をすると想定したものだろうか?


イーディスは苦笑しつつ、武具を装備品の袋に詰めた。

黒衣の貴公子に打ち砕かれた銀の鎧を、どこかで作り直してもらえればと思って詰めた袋もある。

過去の苦々しさを今更どうこうしようと言うのではない、銀の鎧にはそれなりに思い入れがあると言うだけだ。

十四歳の誕生日に公王より賜った、特注の鎧だったのだ。


厳しいだけの養父だったが、毎年の誕生日には欲しい物や役立つ物をちゃんと賜っていた。

父親には向いていないのかもしれぬ、と苦笑した顔を、イーディスはよく覚えている。

不器用な親で、不器用な娘。それ以上にはなれなかったのかも知れない。


気を取り直して取り出した、第八・第九公女からの贈り物は……真っ赤な宝石の指輪と、同色のリボンだ。

“貴君も少しはおしゃれをしたまへ”などと、古い言葉で書いた紙が添えられていた。

リンダとリンナ──極端に無口な双子の義姉は、アイゼンシルト公国北部の山岳に住まう『吸血鬼王ヴァンパイアロード』の娘たちだと聞く。

母国と世界の繋がりの広さと深さを、イーディスは改めて実感した。


レンカ姉様からは植物辞典、十一番目のハイネリルク様からは魔物辞典を頂いていた。

十二番目と十四番目の姉様達は連名で、どうやらオリジナルの魔導書を書いてくれたらしい。


イーディスは「読めません、姉様方……」とボヤいたが……。

背表紙の裏を見て、思わず頭を抱える。


“むずかしい言葉で書いておいたからね ニティカ”

“覚えたらつおいお、がんばるんだお レメディ”

──と署名がしてあったからだ。

「ううっ、勉強からは逃げられないのね……」

槍や剣を振っている方が楽なのだが、魔法好きのお二人は許してくれないようだ。


それにしても、何と個性豊かな十四人姉妹だろう!

自分が居なくても、国は守られる。発展してゆくのだと実感する。


回り始めれば、歯車は止まらないのだ。

2020/12/7更新。

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