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人生が一つの物語だとしたら(1)

アルテッツァとその夫ジュネットとの会食を終えたイーディス達は、今日まで泊まって帰ることにして、ご機嫌で眠りに就いた。

徹夜したのを引きずったのかどうか、夕食後から夜がしらむまで、夢も見ずに実によく眠った。

イーディスがはたと目を覚ますと、ルーチェが既に起きていた。


「お姉ちゃん、起きた?」

「うん。どうしたの、こんな朝早く」

「ちょっと早く目が覚めて、考えごとしてたの。聞いてくれる?」


わたしがきみの話を聞かなかったことがあったかい?

と少し気取って尋ねながら、布団を抜け出したイーディスは義妹を抱き上げる。

ルーチェは恥ずかしそうに俯きながらも、とつ々と話し始めた。


親代わりであり遊び友達も引き受けてくれたガズが、むさ苦しい外見にも似合わない問いかけをしてきたことがあったのだ、と。

「人生が一つの物語だとしたら、お前はどういう内容にしたいかって。当たり前だけど、その時のあたしは上手に答えられなかった」


「今なら、どう答える?」

「大好きな人に巡り会って、その人と同じ夢を見る物語がいい。……って言う。堂々と言う」


「じゃあ、もし、もしも、その人が夢を見失ってしまったら?」

「そしたら……一緒に探すよ。予定通りにならないなんて慣れっこだし。その人がしばらく休んじゃおうって言ったら思いっきり休むし、遊ぼうって言ったらとことん遊ぶ。その人が、あたしといるのを嫌にならない限りは」


「うん……」

「夢、見失っちゃった?」

「そうじゃない、けど……」

燃え尽きる寸前くらいまでは全力で走る事が出来ても、心のエネルギーが尽きたら、どうしても義妹に甘えてしまう。

いつでも傍にいてくれなくちゃ嫌だと素直に言えたなら、どれだけ楽になるか分からないのに。


自分は本当に他人の役に立っているか?

愛しい者の傍らにある価値があるか?


どれもこれも余計なことだと断じられれば反論の余地もない、幼稚だったり見当違いだったりする考えばかりだ。頭の中で浮かんでは消えてゆくばかりだ。


「お姉ちゃんならどう答える? 今生きてる人生が、一つの物語だとするなら」

義妹の問いかけが、止まりかけたイーディスの思考を再び動かした。

珍しく二人きりなのだから、黙ってしまうのはもったいない。


「失敗しながらでも色んなことに挑戦して……主人公がちゃんと、なりたい自分になって。それから、好きな人を見つけて、好きな人と一緒に夢を次々に選んで行く物語。……かな」


小さな声で望みを列挙しながら、八割くらいは既に実現できてるかもしれない、と幸せな推測に至る。

「お姉ちゃんが夢を一緒に選ぶ、好きな人。あたしじゃ……だめかなぁ?」


ルーチェがようやく本意を口にしたのが、イーディスには手に取るように分かった。

何と健気で素直な愛情を向けられている事だろう、と今さらのように気付く。

でもなんだか恥ずかしくて、ちゃんと答えることができそうになかった。


「ねえルーチェ、答える前にもう一個だけ、聞いて良い?」

「意外とらしますねぇ……何でしょうか、イーディス」


「あなたと離れる時。デボリエは何て言ったの?」

そう来たか、というように目を丸くしたルーチェを見つめる。


「『目覚めし吾子あこに至上の幸福あれ』だってさ。一所懸命調べたのに、めっちゃ普通だったわ。あの人達の本音だとしたら嬉しいけどね」


至上の幸福。

義妹にとって、それは何だろう?

イーディスは唇に人差し指を当てて、少しだけ考える。

"わかんないや"って笑って、それから行動を起こすべきだ──その方が簡単だし手っ取り早いし楽しい。

でも、待ってくれてるから。きっと考えなきゃいけないんだろう。


「……わたしで、いいのかな?」

何も言わないルーチェはどうやら、聞く姿勢に入っているようだ。


もう言ってしまおう、と思った。微熱に突き動かされて、ではなく。騎士でも何でもない、イーディス自身の意志で。

守るばかりでは勝てない戦いがあると、よく知っているではないか。失敗を恐れていては、大事な大事な気持ちを伝えることだってできやしないんだ。


「わたしでいいの? 戦いとか労働とか以外はアテにならないよ。人の気持ちとかあんまり分かんないし、考えることも得意じゃない。頼ったり甘えたりするよ、マジで重いよ?」


このまま自分の短所を百個並べたって、きっと逃がしてはくれない。

想い人は実年齢以上に大人で、様々な愛情の形を目にしてきたのだ。

2021/3/28更新。

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