優しい策略(3)
「あ、そういえば!」
商店街の甘味処で買い物を済ませたイーディスが、いきなり何かに気づいた。「シャトゥ・ハーンのケーキ! まだ食べてない!」
「ええー、今さら!? まあ、色々どうなってるか聞いてみよう」
そろそろ『銀色の鎚』が本格的に始動している頃だろう、とルーチェが微笑む。
なんでも把握していそうなところがシエラザートにそっくりで、そのことがイーディスには実に頼もしく好ましい。
「旅館に戻る前に、だよね?」
「仕事の話になるもんね。冗談かも知れないけど、一応ね」
客どうしの会話の内容まで把握するなど、普通の飲食・宿泊業者には不可能だ。
だが、この商店街で暮らすのは、魔王に率いられていた古代の魔族や高位の魔物たちである。
ジェダが言っていたような料金制度が旅館に実在したって、何の不思議もない。
暫く歩いて個室が使える食事処を見つけ、軽食を注文する。
思い切って料金割り増しについて尋ねてみると、店員が笑いながら、旅館以外の店はノーカウントだと教えてくれた。
若干ほっとした気分で、アリス達に魔法の手紙を書き送る。
おいしいクレープを食べている間に、手早い返信が返って来た。
『銀色の鎚』は無事に開店を迎え、そこそこに忙しく回っていると言う。
スキルの取引を行える業務はおそらく世界初だ。
その旨の宣伝をしていないこともあって、現在は魔導具の売れ行きが好調らしい。
開業にあたっての心配は、スキルを扱うレン達に過剰な負担がかかることだけだった。
スキルについての相談に訪れる客が少ない現状こそが理想的だ、とアリスの手紙にも記されている。
「心配いらなかったみたいだね」
「ルーチェは直接お店に触れてなくてもいいの?」
「それは大丈夫。お店の方向性だけ考えてたから。もし、あたしの考えが間違っていなければ……あたしが信用を置ける人なら、上手く店を回してくれるでしょ」
「なるほど。最初から、他の人に経営してもらう予定だったんだね」
「うん。アリス達と再会できて、ニティカとレメディに出会えて……だから『銀色の鎚』を作る事ができた。我慢してるけど、泣きたいくらいうれしいんだよ、あたし」
ルーチェが目尻を懸命に拭いながら、手紙を読み進める。
「ええと、『二人に食べてもらう予定だったケーキですが、これから温泉街に行きたいと言ってる人達が居るので、旅館に届けてもらうことにしました』だって!」
旅館に戻るのが楽しみになって来た。
十二分に買い食いを楽しんではいるが──甘いものは別腹である。
──。
商店街での買い物を終えた二人が旅館に戻ると、大きな金貨の袋が出迎えた。
驚いていると、ふくれ上がった袋の後ろから、美しい鳥人族が顔を出す。
『剣の代金もって来たよ。今みんな休憩中だから、急いで受け取ってちょうだいな』
四の五の言っていると割増料金がかさんでしまうので、とりあえず袋を一息に抱えて、魔法の小箱に収納してしまう。
自分達の部屋まで一緒に歩いてから、改めて彼女に話を聞く事が出来た。
『ジェダ様から名前を頂いたんだ──私はイーグレッタ。よろしくね』
もう逃げまどっていた小さな魔物ではないのだと、嬉しそうに語る。
『新しい生き方をくれてありがとう。どうしても言っておきたくて、急いで迷宮を攻略したんだ』
言い方からして、もう次の職場なり目標なりを見つけたのだろう。
鳥人族は男女を問わず旅人の気質を非常に強く持つ。
同じ場所にひたすら留まることが滅多にない種族だ。
「これから、どうするの?」
『とりあえず世界を飛び回ってみるよ。この島は気に入ってるから、すぐ遊びに来ちゃうと思うけどね』
「じゃあ……ええと」
イーディスは餞別にふさわしい品物を探した。
旅の始めに買い込んでおいた観光ガイド本を数冊まとめて手渡す。
「いろいろ状況が変わっちゃってるかもしれないけど、参考にしてね」
また礼を言ってから、イーグレッタはどこかへ転移して行った。
誰の見送りも受けずに旅立つことになった自分が、誰かを見送る立場になる事が出来た。
それに気づいた時、もと姫騎士もそっと目尻を拭ったのだった。
2021/3/25更新。




