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優しい策略(2)

いかに義妹達が策略を練ったとしても、他の人の欲求や都合を操れるわけではない。

偶然にしては出来過ぎだとしか思えない出会いやすれ違いの数々はきっと、本当に幸運な偶然なのだ。


「ごめんなさいヤサブローさん、もう一回会えたのは嬉しいんだけど、その……」

「まあ、そりゃあまずはご都合主義を疑うわな……とりあえずお互いにラッキーだったってことにしとかねぇ? その方が気楽だべや」


異世界から渡って来た釣り人ヤサブローは、冬でもごく健康的に日焼けしている。

商店街を歩いていたから釣竿を携帯してはいないけれど、知り合いが一目見れば彼だと分かる。

思いもよらぬ場所で再会したイーディス達の戸惑いを察し、穏やかな苦笑を見せて許してくれた。


連れ立って商店街を歩くうちに、どういう気まぐれを起こしたものか、

「前から思ってたけど、ヤサブローさんってモテそうだよね。彼女さんとか欲しくないの? まあお姉ちゃんは絶対譲らないけど」

ルーチェが往来でとんでもないことを言い始めた。

他人のプライベートに踏み込む発言を滅多にしない彼女らしからぬ言葉は、『邪眼』にしか見えない何かが映ったせいかもしれない。


そう思い至ったイーディスは、少しも言葉を挟まず状況を見守る。


「急に何を言いだすかと思えば。お嬢って意外と積極的なタイプ?」

「そうかも。で、どーなの? やっぱ自分が棲んでる世界の評価が高いと嬉しいもんだからさ。それもあって訊いてみたいわけなのよ。他の所で暮らしてきた人からの保証が欲しい、って言った方がいいかも」


「なるほどね」

と軽薄に受けた青年が、異世界の菓子や雑貨を扱う店を見つけた。

品物のほとんどが彼の世界から仕入れたもののようだと言うので、イーディス達も直感に従って商品を買い求める。


小さな店に置かれたテーブルに座って買い食いを楽しみながら、ヤサブローが唐突に真剣な顔をした。

「質問の答えだけど……付き合ってる人がいるよ。結婚も考えてる、この世界でずっと暮らすのも決めた。きみ達が好きな世界は、きっと誰にとっても良い世界さ」

「うん……よかった。ちょっと安心した」


「役に立てたみたいだな。ところでさぁ」

照れ隠しなのかどうか、彼はまったく違う話を持ち出す。

「最新の冷蔵庫とか買わん? 家建てたりすんのに入り用なんだ」

「買うっ!! いいよね、お姉ちゃん!?」


『グラシェ・デパート』で買ったのが一台あるが、義妹には何か考えがあるに違いない。彼女に譲った小遣いも、あと五百万ゴルト以上は残っているはずだ。

イーディスはいかにも仕方ないという風に頷いて見せた。

今日のルーチェがずっとワガママ姫でいることを含めて、貴重で楽しい遊びの時間なのである。


──。

すぐ都合をつけて来ると言い出した異世界の釣り人と別れ、再び商店街を散策する。

ルーチェは異世界の菓子が大層お気に入りで、島の皆へのお土産にしたいと言う。

不思議だったり美しかったりおいしそうだったりする沢山のお菓子を買い込むのはとても楽しかった。


「買い物、好き?」

「大好きです。いや、最近まで自分でも気づいてなかったんだけどね」

「気づいたならいいことだよ」

「うん。っていうか、帰ったらすぐルーチェにお金返す算段しなきゃ」


イーディスは現在、冒険者ギルドに所属していない。

開拓ゲームの副賞は複数あったが、どれも現物支給な上に普通に売ろうとしても高価過ぎて買い手のつかない品物ばかりだ。

現金収入として数える事が出来ない。

コルテンフォルレからのお小遣いはとっくに全部吹っ飛ばしてしまっている。

急に大きな出費があった時の為に取り置いてある約二千万ゴルトは、フリカデレ伯爵家が運営する銀行グループに預け入れてある。


以上の理由によって、もと姫騎士は何気にド貧乏である。

『銀の樹の迷宮』にでも潜ればすぐに取り返せそうではあるけれど、先ほどからの買い食いの資金はルーチェ頼みだったりする。


「元々はお姉ちゃんのお金だけど」

「譲った瞬間からルーチェのお金よ。それに、お金のことはちゃんとしておかなきゃ。絶対、ずっと仲良いままで過ごしたいからさ」

納得して頷くルーチェの顔が、ほのかに赤い。

2021/3/25更新。

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