優しい策略(1)
ルーチェは、以前に体験型のゲームのための施設を作る手伝いをしたことがある、と手短に説明した。
企画が中途半端で終わってしまったのが、今となっては少し残念だ──と苦笑もして。
『ふむ……その企画、勝手に引き継いでもいいもんじゃろうかな?』
「発案者たちは気にしないと思いますけど」
『よし。さっそく企画を買い上げて……っと、いかんいかん!』
白紙の束を机に置こうとしたところで、ジェダが何かに気づく。
『旅館内では仕事の話をしてはならん決まりじゃっ。料金が三割増しになるところであったわ』
「そ、そうなんですか?」
『うむ。イーディス殿もかなり真面目なようじゃ、法外なカネを請求されぬよう気をつけられよ』
ジェダが高級そうな扇を持ち出して自らを煽ぎ、心地よさそうに目を閉じた。
もっと話を聞かせておくれ、との穏やかな要求に応えて、イーディス達は古の魔王と存分に歓談する。
美酒が効いたジェダが舟をこぎ始めるまで、楽しい夜が続いた。
──。
当初は一泊だけの予定だったが、とりあえず何もすることがないのもあって、何日か泊まって遊ぶことにした。
ほぼ徹夜で話し込んだ結果、現在みごとに昼過ぎである。
イーディスは呆然としたまま半身を起こして、ゆっくりと背伸びをした。
ふかふかの布団を片付ける。
「何もしなくていい日とか、初めてかも」
「あぁー、そういうとこなんだね」
「何が?」
「皆がお姉ちゃんに頼っちゃう理由。ぶっちゃけ、常に何か仕事がないと不安でしょ。いつも真面目にしてなきゃいけないって思ってる。皆にとって頼れる人じゃないといけないと思ってる。そういう自分なら嫌じゃないから」
「う……ついにバレちゃったな」
「やっぱり。シエルがいつも心配してるから何でかなーと思ってたんだよ。もっともっと休めるように、遊べるようにしてあげてって──結局お姉ちゃんのこと全部教えてくれたもんな、あの子」
「そっ、そ、そうだろうと思ってたもんね。ずずずずっと前から二人が共謀してんの気づいてたんだからねっ!?」
「すぐ強がるんだから。可愛いったらありゃしないわホント」
ぐうの音も出ない状態と言うのはこういうことなのだろう。
時に苛烈とも思える激しい感情と、過剰なまでの機転。そして他者を軽く凌駕する知力を高い水準で併せ持つ二人の義妹に、強固な同盟を組まれてしまっては……。
一介の武人に過ぎないイーディスが太刀打ちできる筈などないのだ。
「さあ、イーディスさん。たまには義妹達の言うことも聞いてくれなくちゃいけませんよ。今日という今日こそはしっかり遊ぶのです!」
義妹に手を引かれて立ち上がり、導かれるまま急ぎ足で建物を歩く。
「まずはお風呂だーっ!」
「ちょっ、ルーチェ! 服着たままお風呂に入る気!?」
「あたしを誰だと思ってますか!?」
広い脱衣所を駆け抜けながら、ルーチェが指を鳴らす。
「きゃああーっ、これは全年齢対象の小説よ~っ!?」
イーディスお気に入りの私服が、全部どっかに吹っ飛んでしまった。
普段は自制しているメタ発言も盛大に飛び出すというものである。
「どーせお湯と湯煙で見えないって!」
一番深い温泉を狙って飛び込む。
全身が湯に浸かって一瞬だけ焦った(何しろ真っ赤な濁り湯である)が、イーディスはすぐに体勢を整えて浮上した。
ちゃっかり浮遊魔法を使って先に浮き上がっている義妹をつかまえる。
「んもー、ホントに強引なんだから。ちょっとシエルに似て来たよ、ルーチェは」
「だって……強引にでも引っ張り込まなきゃ、遊びの時間にどっぷり浸かるなんて出来ないでしょ? あたしにとっては好きなところの一つだけど……心配する人は心配しちゃうんだってば」
「……そっか。そうだね。わたしは休んだり遊んだりが得意じゃないから……」
『ごめんね』よりも『ありがとう』を選びたいと、姫騎士は思った。
だから、そうした。
義妹たちの優しい策略に感謝して、思い切り休日を楽しむべきだ。
「うん……。でも、まだまだ付き合ってもらっちゃうんだからね。ルーチェは今日一日、ずっとワガママお姫様なんだからっ」
大いにふんぞり返る義妹を、イーディスは今までにないほど愛おしく思った。
2021/3/24更新。




