さらにドタバタな日々(11)
「さて」
画面の中のシャルロットが咳払いして、手元の原稿に目を落とす。
間違えたくない時は必ず用意した資料と原稿に従って場を仕切る、補佐官としての良きクセである。
「じゃあ、イーディスが一番気にしている問題から……ハイネに説明してもらった方がいいかな」
映像の視点が動き、ハイネリルクを映し出す。
「ええとね、まず私たちを追い出そうとしてた王宮改革なんだけど……無事に止めることができました。王族のために使っている税金を四分の一にすると、王に直談判したの」
ハイネの勇気に免じて──ということでは決してなかったそうだけれど、養父は娘たちの意見を大いに取り入れたと言う。
「お父様は私らが自分の意見を持つのを待ってたっぽいんだけどね……まあとにかく、私らの好きなようにさせてくれるようになったのよ」
それぞれのために作られた離宮を城下町に移築してから、故国に残った王家の娘たちは本格的に動き始めた。
シャルロットは城から五分の所に居を構えて市井の様子や情報に目を光らせるようになった。
ネージュは王立大学に新たな学科を創設し、夫と共に魔物の研究で得られた成果を広めているそうだ。
アウローラ、グレイティル、ティータの三人は王室への給付金を返上し、副業として武術の教練所を始めた。
礼儀作法を重んじるローゼンハイム式の武術とはひと味もふた味も違う、実践的でありながら見る者を魅了する華麗さも併せ持つ技や立ち回りが早くも人気で、三人とも鼻が高いとか。
早口で担当した事項を語り終えたハイネリルクが、ほっとしたように息をつきながら席を立つ。
リンダとリンナが、相変わらずおしゃれな衣装で席に就いた。
「我らは皆とは少しばかり違う動きをした」
「それなりに成果があった。ちと自慢させてもらうとしよう」
揃って見目麗しき公王家十六姉妹にあって、第八・第九公女の二人は『沈黙の妖美姫』と称される。
百二十歳を超えてなお、全く外見が変わらないためだ。
社交場に出て貴族達の人柄などを見抜き、公女・公子たちの結婚相手を選ぶ役割を担ってきたが、実際の立場はアイゼンシルト公国が不穏な動きに出ないための人質である。
鉄と魔法の国を過度に恐れた過去のローゼンハイムの統治者が、不戦条約を結ぶ話し合いすらも拒んだ結果、吸血鬼王の方から折れて娘のうち二人を差し出した形だ。
双子の美姫の存在は、彼女達に不当な扱いを行わない限り、ローゼンハイムを攻撃しないというアイゼンシルト公国の意思の表れであった。
「イーディスの真似をして、ロズヴェル卿から徹底的に話を聞いてみた」
「以前から興味があったのでな」
双子の言葉が、見事にパート分けされた合唱のように、二人しか観客のいない劇場に響く。
「やつが言うには、自らの領地たる小国の運営に飽きて、影からローゼンハイムを自らの思い通りに動かすことに楽しみを見出しているのだと。きっと壮大で高潔な目標の為に動いているのだろうと思っていたから、少々期待外れだったよ」
「我らから見れば児戯にも等しい企みだ。粛正することもできただろうが、イーディスは決して話す相手の主張を否定することがなかったからな。その場では彼の話を聞くだけに留めた」
双子の吸血鬼が揃って小さな牙を見せ、喉を低く鳴らしてほくそ笑む。
「ついでに、これまでのロズヴェルの所業をすべて聞き出した。シエラザートへの報告も済ませてある。対応は当然、将来の国主に一任したよ」
「まあ、追って彼女から知らせが届くだろう。イーディスにとって溜飲の下がる内容であることを、我らも期待するとしよう」
似合いもしないウィンクを残して、双子の美姫が席を立った。
「ちょっと、なんだか話しにくい雰囲気になっちゃったんですけど!?」
と文句を言いながら(当然のごとく無視された)、レンカが映し出される。
「重要なことは義姉様たちがほとんど伝えちゃったんだけど……。あたしとゲオルグで新しい農地の開発を進めてます。グリューンエヴェネンからの輸入に頼っちゃってるからね。現状を変えなきゃってことで、シエルが意見を通してくれたの」
2021/3/23更新。




