さらにドタバタな日々(5)
魔法の荷物入れから取り出され、ついに姿を見せた、ルーチェ念願の『スキルと魔導具の店・銀色の鎚』。
その外観は美しい木目を活かした丈夫な板を何枚も重ねた材料で作られており、実に整った正方形の建物となっている。
壁面は暖かい色でごく薄く塗装が施され、更に丈夫にするために熱であぶってあるようだ。
厚く甘く焼いたケーキの生地みたいな柔らかい印象。
大人が三人も入れるかどうかという狭さは、スィルヴァのスキルを目当てに人々が押し寄せないための工夫だろう。じっくり客と話をする必要のある特殊な業態でもある。
小鳥や植物や小動物が細かく彫刻された小さなカウンターの奥には魔法の小箱が三つほど置いてあり、それらが魔導具の倉庫の代わりになると言う。
実に小さく、可愛らしい店だ。
「気に入ってもらえましたか、ルーチェ」
「うん! 本当にありがとう! 全部任せちゃってごめんね」
「いいえ……お店を作るの、とっても楽しかったわ。任せてくれて嬉しかった」
問題は、従業員となる"スキル・コレクター"のための居住区を全く考えていなかったことなのだ──と、アリスは素直に自白した。
完璧な建物に出来なかったのが恥ずかしかったのだと言う。
「大丈夫だよ、アリス。今度はあたしに任せて」
先に海で遊んでいた"スキル・コレクター"のメンバーを呼び集めて意見を聞くと、
「……マジで?」
何と、海の上か海の中に住んでみたい、と言う結論が出てしまった。
ルーチェは住居に戻ると、開拓ゲームの最初に作った魔法の窯に火を入れた。
すっかり愛用品になった杖で材料をかき混ぜて溶かし、冷やし固めて魔法のレンガを作り上げた。
「手早いですわね……」
「作りたいと思ったらすぐ作らなきゃ気が済まないんだよ。これを使えば海の中でも丈夫な建物が造れるはずなんだけど、さすがにお姉ちゃんみたいな馬力はもってないからなー」
台地の現場に呼ばれて建築作業を手伝っているイーディスには頼れないので、仲良くなった『ラルヴァーン海賊団』に魔法で連絡を取ってみた。
この世界のどこかに転生した頭領を探す旅の途中だったはずだ。
「なんだよ、早く言えよなぁ。海ン中のことならよぅ、おれ様の出番じゃねぇか」
もし都合をつけて転移して現れてくれるなら、副頭領のカチュアだろうとばかり思っていた。
「ありゃ、またイーディスいねぇのかぁ。ま、そのうち戻って来ンだろ」
無事に転生を果たして人間の姿を手に入れたサー=ラルヴァーン自身が現れた。
捻くれたクジラみたいな魔物だった頃の口調は直っていないものの、暗い灰色の長髪に燃える如き深紅の瞳、鍛え上げられた美しい肉体と、どこを取っても確かに数々の物語にふさわしい美丈夫である。
カチュアが人間の肉体に戻ることを強く勧めたと聞いたが、彼女の気持ちも分かると言うものだ。
「あ、あの……どうして転生しようと思われたのですか?」
「おお。ルーチェお嬢の魔力を食ってから魔物の身体の調子が良くなかったんだよな」
勇気を出して問いかけたアリスに、大海賊が苦笑しながら答えた。
「美味しいからって食いつくからだよ」
「ははは、そうだなぁ。もう暴飲暴食は止めたぜ。まあ……それと、お前の思ってる通りカチュアからの熱心なリクエストだな。好かれるってのぁ、いいもんだぜ」
集めた子ども達みんなの良い親父になるつもりだったけど、やつらにも押されまくっちまってよぉ──と照れ臭そうに頭を掻く。
「まあいいや、この話やめよう。なんか全身むず痒くなって来やがったぜ! とにかく、海ン中に館みてぇなのを建てりゃいいんだろぉ!?」
勝手に気分と話を切り替えた海賊が、豪勢な飾りのついた服を着たまま海に飛び込んだ。
ルーチェが手渡したレンガの袋を軽く抱えて凄まじい速さで泳ぎ、すぐに海底に潜りつく。
海底を素手でぶっ叩いて、あっという間に堀ってしまう。
それからレンガを並べて組み立て、ちゃかちゃかとドーム状の建物を作り上げた。
北大陸の更に北方にある氷の島とその海域を我が物にせんとし、魔物を相手に暴れ回っているうちに自ら魔物に変わってしまったという伝記の記述からは少しばかり遠い、実に創造的で建設的な人物であるらしかった。
「今すぐ内見なさいますか? なんつってな、がはははっ!」
島じゅうに響き渡るかと思うほどの大声で、大海賊が豪快に笑った。
2021/3/17更新。




