さらにドタバタな日々(1)
魔物はどんな姿をとるか迷ってでもいるように、ぶにぶにと動き回った。
苦笑を浮かべた"もと魔王"が杖の先で軽く捏ねてやると、たちまちのうちに小さなドラゴンの姿になった。
彼女が魔物の言語らしき音を発すると、魔物は"なーんかイマイチなんだよなー"とでも言いたげに首を二・三度、横に振った。
クヴェットが苦笑を深くして、違う方向に魔物を捏ねた。要するに粘土みたいな魔物なのだろう。
その新たな姿に、イーディスは思わず息を吞んだ。
瑠璃色の大きな翼と五つの長大な尾を持つ、鳥人族の女性だ。
かわいいフリルのついた白いワンピースを着ている。
新たに生まれた者は、すぐにイーディスが腰に刷いた魔剣を指差した。
姫騎士が首を横にぶんぶん振ると、"だろうね"と言いたげに首をすくめた。なかなかのジョークである。
イーディスは魔法の小箱を開いて探り、『成長金属』の短剣を取り出した。
美女は驚いたような顔をしたが、受け取った短剣の美しさをひと目で気に入ったようだ。
指文字を使って『後払いでよろしく』などと供述を残すと、浜辺の洞窟の方へ一目散に駆け出して行った。
優れた武器防具やアイテムが手に入り、大金を望めば大金が手に入る。『銀の樹の迷宮』は今や冒険者にとっては垂涎のダンジョンである。
『また騒々しい住人が増えたようだ』
「そうですね……」
「賑やかな方が楽しいよ~」
それぞれに感想を口にしたイーディス達は、呆気にとられた気分を半ば強引に切り替えて、テントを撤収した。
──。
浜辺の拠点に戻ったイーディス達は、開拓ゲームの当初の目的を達成したとみなした主催者から、少し早めのクリア特典を受け取れることになった。
島の土地の所有権を譲渡する旨を記した書面と、酒樽を模したトロフィーだ。
『ご両人の質実な気質を考えて、この景品は実用も兼ねた品物に御座る。お好きな果物を放り込んでおくだけで美味なるジュースを楽しむことができますぞ』
すっかり食いしん坊が板についたルーチェが眼を輝かせながら受け取った。
手ずから用意したと言うクヴェットもご機嫌だ。
『で、これは私の想定外だったことから来る単純な興味からお尋ねするのだが……山が崩れた場所はどうするのでありましょうか?』
「皆の意見を大事にしたいところですけど、個人的には映画館を建ててみたらどうかなと思ってまして」
イーディスは"魔法でお手軽に映画を上映する"という大きな目標を掲げ、三百万ゴルトの大借金をして去って行った痩せぎすの魔導師の話をする。
『ほほう、興味深いな。他にはどんな意見が来ているのですかな?』
島の西部の住宅街に、他の開拓者からのリクエストで作った集会所から、現在進行形で次々と封筒が届いている。
ルーチェが何かの司会をするかのように熟読し、読み上げる。
「えー、投稿者"動物大好き!"さん──ギムレット山にいた動物を展示して欲しい!」
"動物大好き!"さん以下数名の手により、巨大な龍が出現する直前に、古代の希少な生物たちが保護されていたとの投稿であった。
「全く知らなかったです……」
知っていたとしても自分のことだから忘れてただろうな……という苦い思いが、イーディスに痒くもない頭を掻かせた。
『決戦を予感して秘密裏に実行したものだろうて。空間を広げる魔法を使えば朝飯前である。採用してもいいのではなかろうか』
「続いて投稿者"もっと遊びたい猟兵"さん──楽しくてド派手な遊園地が欲しいにゃ!」
『これは新しい計画として他の島で進めた方がよい。明らかに土地が足りんと見る。私が後で投稿者と打ち合わせをしておこう』
「次は……投稿者"人生大逆転ですわよ!"さんだね。って、この人に心当たりがないんだけど!?」
この島、不意の来客と言えば船でやってくることが多い。
累計で三隻めを数える高速艇が、浜辺に迫って来るのが見えた。
「お久しぶりですわー!!」
浅瀬に入る直前で見事に緊急停止した高速艇から、美しい婦人が水面を駈けて来た。
浜辺を走って住居に入ると、勢いそのままにルーチェを抱き上げる。
「ご無沙汰ですわね、ルーチェさん!」
"ディッシュ・コラル"までの快適な船旅を一緒に楽しんだ、ケイト=グランツ婦人であった。
2021/3/14更新。




