決着(1)
巨大な龍と化した半龍人が暴れ回ったために、ギムレット山は五合目から上が崩れて、大きな台地のような形に変わってしまった。
冒険者たちは新しく開発できる場所が労せずして拡大したことを喜んだ。
どんな建物を建てるかを話し合うため、先に西の住宅街へと戻って行った。
イーディスとランスロットが半龍人を担架に乗せて山道を下り、一合目のテントに運び入れた。
彼が目を覚ますと、すぐに開拓ゲームの主催者であるクヴェトゥーシュが姿を現した。
プレイヤー達が達が静かに見守る中で、幸福な転生者に話しかける。
『重大な契約違反がありましたな、エステブン殿。プレイヤーが話し合いに訪れれば応じると、明確に記しておいたはずですぞ?』
「仕方ねぇだろ。先に俺を怒らせたコイツらが悪りぃんじゃねぇかよ……」
『ふむ。彼女たちは貴公が気まぐれに作り出した魔物に、少しの慈悲を与えたに過ぎぬと思うが』
「ああ。あんな魔物どうでもいいよマジで」
『……何故ああまで怒られたのですかな。城まで踏み砕いてしまって』
「態度が一貫してないじゃんか。助けるか助けないか勝手に決めるなんてのは、立場が上のやつがすることだろ。普段はバカみてぇに暴れ回ってるバカめらがよぉ! 相手によって態度変えるなんざ最悪じゃねぇか!!」
仰向けになったまま問答していたエステブンが、一息に跳ね起きて担架を降り、立ち上がる。
後頭部をきれいに刈り上げている割に長い前髪を振り乱し、横に広い顔を真っ赤にして怒る。
彼が異世界から渡ってくるまでの事情を、この場にいる誰も知らない。
友人や家族に手ひどく裏切られたか、他人の何十倍も努力したことが決して認められなかったのか。
話してくれないし、きっとそうする気さえないんだろうから、それは分からないが……。
『貴公はとにもかくにも、相手や都合によって態度を変える者が好かぬのですな。私としては貴公のご希望通り"楽な仕事"を用意したつもりであったが、その契約の内容を反故にしてしまうほどには』
「そうだとも!」
『……では、先ほどの戦いの折、不利な立場になってすぐに降伏宣言をされたのはどういう訳であるか』
「な、なにっ?」
『あの場面では徹底して戦うべきであったろう。まだまだ余力が残っておったはずだ、だが貴公は魔力が尽きたと嘘を言って戦いをやめた。魔王たるべき種族の肉体と力を最後まで奮い立たせることもせずに。これは、立場や都合によって態度を変えたことには当たらんのであろうかな?』
エステブンは、ぐっと呻いて声を詰まらせた。
「お、俺は楽な仕事だって言うから引き受けたんだ! もとの世界と同じような生活をすればいいって言ったじゃねぇか! 開拓者が来るまでダラダラしてていいってことだろ!?」
『ふむ。色々と仰せであったが、結局のところ貴公は楽に暮らしたくてこの世界に来たわけか』
「……ああ、ああ、そうだよっ! 俺は楽に生きてぇだけだよ! ゴミみてぇに生きてても文句言われねぇだろうと思って異世界に来たのに! ちょっと働けば褒めてもらえて、ちやほやしてくれる女の子が沢山寄って来てさああ! そういうの期待してたんだっつーの! 俺の思い通りにならねぇんなら価値なんざ何もねぇよ! バカばっかりだしパソコンねぇしクルマねぇし通販ねぇし! 世界最強の種族になれるっつーから高っけぇカネ払ったのに! くそ、クソ、クソぁああ!! こんな島ぁ消し飛ばしてやんよぉぉ!!」
エステブンが絶望的な絶叫を放ったが、流星を降らせて島を滅ぼすはずの魔力は、一切その効果を示すことはない。
優しい微笑を浮かべて話をしていたクヴェトゥーシュが、変わった。
表情はそのまま、彼女に独特の不思議で穏やかな雰囲気が影を潜めている。
ぞくりと背中を震わせる冷厳な魔力がさらに高まるのを、状況を見守るイーディスも明確に理解した。
魔王たり得る乱暴な転生者の力を、彼女は自らの魔力を用いて制圧したのだ……!
『私は、一時のアルバイトといえども、自らが信用できる者をしか雇ったことがなかった。貴公も魔王たり得る力を余して困っていたようだったから採用させてもらった。プレイヤーの状況や生活を観察できる能力を貸し与えた、攻略の仕方次第でもしも最後の敵となっても、それにふさわしくあってくれるものと期待してな』
どこからともなく、低い低い音が聞こえ始めた。
空気が震えている。
怯えている。
2021/3/12更新。




