ギムレット山攻防戦(4)
おいしいゼリーで作られた異空間を脱出したイーディスは、目の前の大扉を遠慮なく蹴破る。
「鋼を蹴り砕きますか。最強の騎士が板について来ましたな」
「まあね。もったいぶってる場合でもないし」
「御意」
ランスロットが先に立って、慎重に部屋に入った。
人形やぬいぐるみや絵本が、狭い部屋に所狭しと積み上げられている。
イーディス達にとっては記憶をたどるまでもない。
「シエル姫様の秘密基地とそっくりです」
「うん。懐かしいね」
ランスロットの案内で秘密基地を進むと、こちらを振り向く黒い影があった。
口許だけが嫌にはっきりと見える。
一緒に遊びましょう、お姉様。
ここでずっと遊びましょう、お姉様。
わたくし本当は、国のことなんてどうでもいいのよ。お姉様と居たいのよ。
イーディスは静かに頷きながら、黒い影にゆっくりと近づく。
シエルの姿に似た何かが次の言葉を吐く前に、その頬をぴしゃりと打った。
驚いて身をすくませ自らを抱き締める黒い影へ、姫騎士が毅然と言い放つ。
「わたしの頭の中を探ったつもりでしょうけど──馬鹿にしないでよね。シエルは国がどうでもいいなんて、間違っても口にする子じゃあない!」
影の姿が溶け崩れる。
真っ黒な水たまりみたいになって逃げようとするのを、ランスロットがむんずと捕まえた。
「どうするの?」
「……まずはお鍋で煮てみましょうか。それから冷やしてみましょうか。叩いて抓って日に干して、それでもだめなら火にくべましょか」
ランスロットは物騒な言葉に明るい節をつけて歌った。
ローゼンハイムの公王妃エレンが、シエルをからかいながらお菓子を作る時に歌っていた、テキトーな歌だ。
影はまるで意志があるかのように震えあがり、じたばたと暴れ回ったが、剛腕の騎士に掴まれていてはどうすることもできない。
ちなみに先ほどの歌が終わったあとに鍋の中身を冷やし固めて完成するのは、ただの美味しいプリンである。
「我が君主に慈悲ありや?」
ランスロットが呟くように言う。
子どものように小さいからと言って魔物に慈悲を向けていたらキリがない、と言えばそうだ。
ぬいぐるみの中に宿っていた純粋な魂が、絶対的な信頼を込めて見つめて来る。
自分はこの優しい騎士の君主ではない、だけど……。
難しく考える必要もないだろう。
イーディスは小さく頷いた。
ランスロットは破顔して、大人しくなった魔物を麻袋に詰め込んだ。
龍の咆哮が、小さな城を揺るがして響いてくる。
怒っているようだ。
「訳します」
「わかるの?」
「はい。はっきりと」
「お願い」
「『今のは何だよ』」
目の前に現れた扉をおとなしく開けながら、ランスロットの声と龍の声を同時に聞く。
「『魔物なら全部ぶっ殺してきたくせに』」
もう早く来いよ俺が叩きのめしてやる──と続いたので、遠慮なく馳せ参じることにした。
扉から続いていた異空間を駆け抜け、最後の扉を開ける。
果たして、その者はいた。
イーディス達の想像とは違って、人の姿をしている。半龍人だろうか。
彼はうつぶせで半身だけ起こし、揚げ菓子をぼりぼり食べながら、『コンピュータ・ゲーム』に興じている。
部屋じゅうに龍の声が響いている。
五番目の義姉アウローラの趣味である、『ステレオ』の豪華そうな機械が壁際に置かれていた。
画面の中で爆発が起きると、彼は舌打ちしてコンピュータのスイッチを切り、ようやくイーディス達に気づいて振り向いた。
「なんだよ、もう来たのかよ。異空間で一ヶ月くらい迷ってりゃよかったのに」
「失礼ね、早く来いって言うから来たんでしょうよ」
「ああ、そうだったそうだった……何なんだよさっきの態度は」
横に大きな身体をゆさぶった半龍人の眼がぎょろりと据わり、イーディスをにらみつけた。
「相手を選んで助けたり助けなかったりするなんざ『下の下』だろうよ、ああ!? 徹底しろよ、殲滅しろよ! 今までそうしてきただろうよッ!」
「……ムカついてるのはそこだけ?」
「あーあー、最強の姫騎士サマはよぉくお分かりで! 嫌になるぜまったく!」
「だから騎士にはなってないってば」
「うるせえっ! 問題はそこじゃねぇっ!」
2021/3/11更新。
2021/4/26更新。




