ギムレット山攻防戦(3)
──浜辺の乱戦とほぼ同時刻。
イーディスは先遣隊と合流するべく単独でギムレット山を登り、最後の敵となる予定の龍の城までやって来た。
休暇の時みたいな大暴れをしていたらさすがに疲れてしまうので、いつも通り冷静に戦況を見極めながらの行軍となった。
余力を八割強ほど残せた感があるので、本気出せば一日で攻略できちゃったのかも、とか思わないでもないのだが……。
とにもかくにも、騎士見習いとして勤めていた時も含めて、これが初の本格的な城攻めである。
ルーチェとアリスに任せた浜辺の様子もすごく気になったが、「信頼してお任せするべきでありましょう」とランスロトに背中を押されて、魔物の軍勢との戦闘を切り抜け現在に至る。
龍の城を眼前にしてなお、上空と後ろの山道から魔物が迫って来る。
まともに取り合っていたら、それだけ戦闘が長引いて消耗戦になってしまう。
もちろん信頼しているけれど、浜辺の二人もやっぱり心配だ。
「雰囲気もへったくれもないけど……もう攻め込んじゃおうか、ランスロット」
「委細承知! 撃ち方、用意!」
三人の護衛に守られた猟兵隊が、城を厳重に守る結界を撃ち抜くために開発した大弓を構える。
『金暁騎士団』と『爽海亭』だけでなく、アイゼンシルト公国を拠点とする冒険者ギルド『夕闇の猟犬』からも加わってくれた有志達だ。
「撃てっ!」
槍のように尖った鋼鉄の矢が白亜の城に迫る。
不可視の結界はしかし、矢を防ぐことができない。
分厚いガラスが砕け散る音を残して、あっけなく消滅してしまった。
イーディス率いる精鋭部隊が一挙に城へとなだれ込んだ。
こうなるともう、一方的な優位戦だ。
我が方には試験的にスキルを返却してもらったニティカとレメディ、ランスロットが居る。
各地の冒険者ギルドから参戦してくれた者達も、揃って絶好調。負ける理由が見当たらない!
城内にもうじゃうじゃと居る魔物どもを残らず殲滅し、階段を何度も駆け上がり、駆け降り──同じところをぐるぐる回っていると気づいて、ようやくイーディスが立ち止まる。
いつの間にか双子の魔導師や猟兵隊、他の戦士達ともはぐれてしまっていた。
わざわざ敵の罠に引っかかりに来たようなものだ。
"スキル・コレクター"と戦った時にジェダが用意してくれた、あの異空間と同じ感じがする。
「ああーダメダメ、しっかりしなきゃ! ルーチェがいないんだからっ!」
「此方がついておりますぞ、姫様」
「わたしはもう姫様じゃないよランスロット。それより、ごめん。調子乗っちゃってたわ。無双するのが楽しかったもんだから」
「……ふむ。イーディス殿にしては珍しく、油断してしまったと言うだけのことでありましょう。さっさと龍を倒して戻るのが最善かと思われます」
「前向きだね」
「無論。このことを笑い話として島じゅうに広めなくてはなりませんからな、わはははっ!」
ランスロットはゲラゲラ笑いながら、手にした大槍を構え直した。
「何だとこのヤロー、後でちょっと勝負しろコラッ!」
イーディスも持っている武器の中で一番大きな銀の斧を持ち出す。
この空間がいつぞやの異空間と同じだとすれば、話は簡単。
物理的な攻撃で破壊すればよいだけだ。
叩き、斬り、突き、払う。
とりあえず基本的な攻撃の動作を試すと、新たに判明したことがあった。
この異空間の壁は、やたらとぶにぶにしているんである。
「刃が通りませんな。さて?」
イーディスは試しに素手で壁を引っ掻いてみた。
ゼリーみたいな感触を残して、異空間を構成しているらしい物質が手にまとわりつく。
シエルの大好物『姫リンゴの贅沢ゼリー・四種の果実寄せ』と同じ色、同じ香りだ。
もちろん、今くっついているのを食べるようなド根性は持っていないけれど。
「これ、よく冷やした方が何十倍もおいしいんだよね」
「冷蔵庫を持っていないとは──何とも哀れな奴でありますな」
ランスロットの半ば呆れたような言い回しに苦笑しながら、イーディスは愛剣を取り出した。
開拓の合間にルーチェが改良した魔剣からは、抜刀するだけで冷気が溢れ出るようである。
2021/3/11更新。




