ギムレット山攻防戦(2)
──おーっしぃ……まあーこんなところだろぉぉ。お疲れだぁ嬢ちゃん達ぃ。おれ様助かっちゃったぜえ
アリスの剣によって切り刻まれた魔物の巨体が崩れてゆく。
ルーチェができる限りの強気で問いかける。
「どっかミスってない? 大丈夫?」
──ありゃ? もうバレちまってんのかよ、つまんねぇぇなぁ。ここァ感動の場面のはずなんだけどよぉぉ
「どさくさ紛れで現れて手加減してあっさり倒されて? どこに感動する要素があんのよ。何かの準備が整ったから来たんだろうなって、ちょっと考えりゃすぐわかるっての」
──おおー厳しい厳しい。これでもかなーり頭ァ良いつもりなんだけどなぁぁ。ああ、くそっ、見てろや。うまく行ったら一番先に勝負を……挑んで、やるぜぇ?
「覚えておくから。必ず来なさいよ」
──覚えてやがれ、この、おれ様はぁぁ……大海賊ぅぅ! 海の頭領ぅぅ! サー=ラルヴァーン様だぁぁ!!
ほとんど崩れて消滅しかかった体で、捻くれクジラが沖合に向けて高く跳んだ。
大きな音をさせて水面を割り、海底の岩盤を砕き、さらに深く沈んで行く。
巨大だった魔物が、何の痕跡もなく去ってしまうまでには、数分とかからなかった。
「こんな、切ないのって……なんでだろう」
「闊達に言葉を交わす事が出来たから、でしょうね。位の高い魔物と言うのを初めて倒しましたが……言葉なき魔物どもと比べて、何と戦いづらいことか」
イーディスならばもっと割り切って、全力を尽くして戦う事が出来るのだろう、とアリスは思う。
でも、それを持ち出したって何もならないのを知っている。
感情の整理がついていないルーチェと共に、陽気な魔物の去った海を見つめ──見つめて……。
そして、かなり慌てた様子で、遠い海の一点を指差した。
「ちょっと、ちょっとルーチェっ! あの船も知り合いとか言わないですわよねっ!?」
「あの船どの船? ってうわああ何あれ!!」
はるか沖合から、巨大な艦艇が猛スピードで走って来る。
イーディスが収集物の仮置き場として浮かべた船に激突する寸前で緊急停止を行い、大きな波紋を浜辺まで到達させつつ、何とか無事に停船した。
戦艦に旗が上がっているのが、二人の眼にもようやく見える。
『ラルヴァーン海賊団』とあった。
海賊船から小舟が出て、すぐに浜辺まで進み来る。
捻くれクジラ──大海賊サー=ラルヴァーンによって集められた邪眼の子ども達と思われる者達が数人、降りて来た。
「親分が大変お世話になりましたっ!」
「なりましたっ!」
深く頭を下げた先頭の少女の声に、数人の声が大きく続く。
マッチョな大人の集団と言うわけでもないのに、整列した彼ら彼女らの様子は、なんだかすごい迫力だ。
ルーチェもアリスもすっかり気圧されてしまって、静かに頷くことしかできない。
「ご多忙のところにお邪魔して申し訳ありませんっ! お二人なら間違いないだろうと、親分が申しましたのでっ!」
少女がサッと右手を掲げると、浜辺にきっちり整列していた子ども達が素早く散開し、なおも山道から浜辺の拠点へ押し寄せんとする魔物に打ちかかった。
「ここは手前共にお任せくだせえっ。改めてお話をしとうござんす!」
相当な時間と資源を使って鍛え上げられたのだろう。海賊団は大量の魔物を向こうに回しても一向にひるむことなく、それどころか優位に戦闘を進めている。
暫くすると用意が整ったのか、精密な艦砲射撃まで始まった。
これなら心配ないとルーチェ達も判断して、少女を連れて住居へと戻ることにした。
自称・大海賊サー=ラルヴァーンの行動は、いつも突然だ。
世界が──時として自分達のあずかり知らぬところで──流れる水のごとく動き続けていると良く知ってはいるけれど、今はラルヴァーンの考えをすべて確かめないと気が済まない。
ギムレット山の城攻めに参加しているイーディスのためにも、一言一句として聞き逃すわけにはいかなかった。
「手前はカチュアと申しまして、親分の補佐を務めてござんすっ。手前がお伝えしなきゃならんのはもちろん本日この時にお邪魔致した理由でござんすが、そりゃもう聞くも涙、語るも涙……」
何故か住居の床に片手をついて滔々と話す少女の言葉に、ルーチェ達は耳を傾ける。
2021/3/10更新。
2021/3/11更新。




