豊穣の魔王の子(1)
"スキル・コレクター"は、揃ってお湯の香りをさせながら、イーディス達のいる部屋までやって来た。
戦った時とは正反対の、純白のワンピースに身を包んだアリス=クルーガーが微笑んで一礼する。
「何のお便りもしなかったこと、お許しくださいね。皆さんを驚かせたくて」
五人が大冒険の末に水晶の塔を踏破して無事に帰還したことは、アリスの上機嫌な様子と、この小隊に六人目の美少女が加わっていることで容易に想像がついた。
畳に着座してから、イーディスは少し気になっていたことを尋ねてみる。
「デボリエには会った?」
「はい。水晶の塔に乱入してきましたんで思い切り戦いました。三回ほど斬ってから、全員で魔法を教わりましたよ」
上機嫌だったアリスが更に笑う。花のような笑顔だ。
ダメな『父親』との勝負がよほど楽しかったらしい。
怒りと共に始まった四人の旅も、大きな成果と共に終わりを告げたのだ。
アリスとイーディスがひとしきり話を終えたタイミングを見計らって、新たに"スキル・コレクター"に加わったばかりの新人がローブのフードを取った。
「スィルヴァと申します。皆さまのお話はかねがね伺っております、どうぞよろしく」
もっと不思議な感じで出会うのかなーとか考えていたのだけど……そうでもないみたいだ、とイーディスは思い直した。
眼前の長机から身を乗り出しているスィルヴァ殿下と握手を交わし、改めて名乗る。
ルーチェと双子も倣ったが、全く緊張した様子がなかった。少しばかり拍子抜けした感じだったのかもしれない。
長机を挟んでの歓談に興じていると、ニキータを始め数人の従業員が、豪勢な食事を運び込んでくれた。
水晶の塔から持ち帰られた珍しい食材を、楼閣の専属調理師が腕によりをかけて調理したとのこと。
古代には当たり前に食用として食べられていたという、ある種のドラゴンの肉を豊かに用いたフルコースだ。
「スィルヴァさま達ってドラゴン食べてたの?」
おいしそうな料理に目を輝かせながらルーチェが尋ねる。
「数種類だけ、このように食べることができました。皆さまが猪を狩って食べるような感覚でしょうね。母上が狩るのを父上がおいしく調理する──下級龍の肉はシャトゥ・ハーンの大好物で、国が豊かになってからですが、私も良く食べていました」
懐かしそうに微笑んだ殿下が、豪快な手つきでステーキを切り分けて口に運ぶ。
そのシャトゥ・ハーンは、仲良しのユズリハを膝にのせて、大好物を猛然と食べている。
以前のイーディスの肉体をモデルにした身体を大事に扱ってくれているようだ。
石の戦士は元来とても無口なのだと、スィルヴァが微笑んで語った。
下級龍の肉を使った料理はまだまだ用意されている。
刺身にてんぷら、から揚げにシチュー。どれもこれもよく煮込んだ豚肉みたいにとろける食感で、にぎやかな食事を好むはずの双子やルーチェさえも、美味に捕えられてしまったかのように黙々と味わっている。
「こ、古代にはこれほど美味しいものが……?」
鍛え上げた精神力を発揮して──もしくはスィルヴァ殿下と話したい一心で、イーディスが尋ねる。
「はい。父ヴィクターは身体を重く病んでいましたが、滋味豊かなる食材たちのおかげで体調を取り戻すことができました。それにしてもイーディスさまはやはり強靭でいらっしゃいますね」
慣れるまでは我を忘れてドラゴン料理を味わいたいのが普通だ、とスィルヴァが笑む。
食べ過ぎると龍になっちゃうんだからね、とよく母に注意されていたらしい。
「もちろん、大人が子どもをたしなめる時の決まり文句でした。シャトゥ・ハーンは何も言わずにこっそり分けてくれていましたし」
「いくら食べても龍にはならなかった、と」
「ええ。スキルを使ったりするとやたらにお腹がすくので、母の言うことのうち唯一それだけは守る事が出来ませんでしたね」
悪戯っぽく微笑むと、スィルヴァ殿下はシエラザートによく似ているようだ──とイーディスは考える。
一人で冒険に出ていたら出会う事が出来ていたかどうかすら怪しいが、どうしても敬意より親しみが先に立ってしまう。
ルーチェだけでなく身体の小さい人はみんな妹みたいに可愛く見えてしまって、多少とも困らざるを得ない。
思いっきりシスコンな性質は、どうやらずっと変わらないらしい。
あちこち飛び回る思考のどれを読み取られたものか、スィルヴァは「後でこっそりお願いが……」と声を潜めた。
2021/3/7更新。




