風使いソフィア(3)
「なるほど。歳相応の外見、愛らしさを欲していらっしゃるのですね」
「できますか」
「もちろんです、お嬢さま。だが貴女のこれまでの生活には、努力には、鍛錬には間違いなく価値がある。どうかご自分で否定なさることのございませんよう」
「……はい」
マリウスの周りを、小さな羽が飛び回っている。イーディスには見えないが、宙に文字を書いてでもいるのだろう。
「さあ、元気を出して! コースの具体的な計画ができました。ご心配を取り除くため、ご説明しましょうか」
「お願いします」
いくら上機嫌で帰って行ったとは言え、先客の半龍人に行われた施術のような音を自分の耳で聞くとなると、その効能が自分の身体に現れるとなると……。
魔物どもとの戦いとはまた別の緊張を禁じ得ないイーディスであった。
「それではご説明を。まず、イーディス様の“力”を、こちらの腕輪に移し替えます」
マリウスが、美しい黄金細工の腕輪と足輪を差し出してくる。
細い、鳥の脚みたいな手だ。
「義手のようなものです、ご心配なく」
「あ、すみません」
「いいえ。“力”を移し替えることについて、ご納得いただけましたでしょうか?」
「はい」
「この方法を用いますと、すぐに強烈な眠気がやって来ます。麻酔を兼ねています」
「麻酔が必要なのですか」
「一般に言う“愛らしさ”をご想像ください」
すぐに、シエルの顔が浮かんだ。
思わず唇に指を触れそうになったが、なんとか耐える。
「確かに……体格や骨格からして違いそうよね」
なるほど、妹姫の体格に近づくのならば、『胸キュン大変身』を遂げねばならないことは火を見るよりも明らかだ。
「そしてマリウスさん、貴方にはそれができるのですね?」
「ご理解いただけて何よりです。貴女を貴女の理想に近づけるべく、『風使い』ソフィアが養子、マリウス──全力を尽くさせていただきます」
他者に誓いの言葉を述べられるのは初めてだった。
誓いを立てる側だった。他人のために動いていた。いつもそうだった。
そして、それが嫌ではなかった。
これからは自分のために動くことができるのだ。
マリウスの言う通りだ。
過去や努力や手にしていたものを自ら否定する必要なんて、どこにもありはしない。
それにしても『風使い』ソフィア。
その名を、どこかで見たことがあるような気がしないでもない。
何代か前の、ヴィントブルク国王の娘……確か、ソフィアと言わなかっただろうか!?
『ま、多分おぬしが思ってる通りじゃけど──今は自分のことだけ考えれば良いと思うぞ?』
ソフィアはいつの間にか、施術台の横で椅子に腰かけ、イーディスを見ていた。
八重歯を見せて笑う彼女のことを聞きたくなってしまったけれど、今はそれよりも『胸キュン大変身』とやらを楽しむべきだろうと考えを改める。
「ではマリウス殿。どうか、よろしく」
「はい、イーディス様。安心して、お任せください」
もと姫騎士は彼女らしくすぐに覚悟を決めて、金細工の腕輪と足輪を身に着けた。
褐色の肌に沈んで行くのが錯覚なのか現実なのかを判断する余裕は、彼女にはなかった。
「あ」
脱力感。
強烈な脱力感だ。
次に、身体が溶け崩れてしまうのではないかと思うほどの眠気が襲って来る。
いや……もしかしたら、既にそうなっているのかも知れない。
はっきりしない意識の中で、ぼんやり考える。
想像とは少し違っていて、マリウスは身体に全く触れて来ない。
魔法と義手による自動化、だろう。
肉体が……頑健で頑固な戦士の身体が、ゆっくりと溶けて、混ざってゆく。
感覚だけではないような気がした。
──可愛らしさと強さは両立できると思うの。それを証明してくださいね、お姉様──
シエラザートの可愛らしい声が、響いてくる。
何も言えず何も聞こえず何も感じられないのに、それだけが確かに理解できる。
シエルが支えてくれているのだと思う。
努力や人格を否定されるわけじゃない。
もう、自由なんだ。
新しい身体を手に入れるだけだ。
どんなことをしても、理想通りになれるわけがない。
それは分かってる。でも、これで少しは近づけるのだ。
わたしは……自由だ。
2020/11/27更新。